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2021年03月16日

『麒麟がくる』第42回―荒木摂津守について

有岡城 石垣
《令和6年10月6日更新》

皆さんこんばんは。
今回は令和2年の大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』第42回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に人物の読み仮名をのせています。

【『麒麟がくる』の楽しみ方】
・第1~2回―当時の三傑と明智家/リアルな戦の描写・第3~4回―美濃の情勢/織田家の状況
・第5~6回―当時の京都の情勢・第7~8回―尾張国内の政治情勢/当時の三河情勢
・第9~10回―土岐一族とは/織田家の血縁関係・第11~12回―なぜ朽木谷か?/信長家臣団の萌芽
・第13~14回―戦国最強の傭兵団/村木砦の戦い・第15~16回―織田一族の関係性/新九郎高政の重臣たち
・第17~18回―斎藤家の血族関係/永禄元年までの織田家・第19~20回―足利将軍家の動き/桶狭間の戦い
・第21回―松平蔵人の親族
・『麒麟がくるまでお待ちください』第2~3回―斎藤道三二代説/前田利家の生涯
・『麒麟がくるまでお待ちください』第4回―羽柴藤吉郎の名称
・総集編第1回・第22回―三好氏の血縁関係
・第23回―三好氏の血縁関係(2)・第24回―剣豪の系譜
・第25回―朝倉氏の系譜・第26回―摂関家の系譜
・第27回―会合衆とは何者か?・第28回―摂津晴門とは何者?
・第29回―押領と何か・第30回―三淵氏の来歴
・第31回―浅井家の来歴・第32回―森可成とは?
・第33回―延暦寺の歴史・第34回―松永弾正の出自
・第35回―細川藤孝について・第36回―足利家について(1)
・第37回―足利家について(2)・第38回―斎藤内蔵助について
・第39回―原田備中守について・第40回―松永弾正の茶器
・第41回―赤井悪右衛門について


まずはあらすじ。



第42回のあらすじ


天正(てんしょう)6年(1578年)、摂津(せっつ)を任されていた荒木摂津守村重(松角洋平)が織田前右大将信長(染谷将太)に反旗を翻した。

明智十兵衛〔日向守〕光秀(長谷川博己)と羽柴筑前守秀吉(佐々木蔵之介)は摂津・有岡(ありおか)城を訪れ村重を説得するも、通じず。

反乱の理由のひとつに将軍家(しょうぐんけ)・足利権大納言義昭(滝藤賢一)の存在があることを知った十兵衛は、備後・鞆(びんご・とも)に義昭を訪れる。

鞆から戻った十兵衛は、村重を説得することができず、信長自らによる村重討伐が始まった。

荒木村重を攻めている最中に、十兵衛は徳川権右少将家康(風間俊介)に呼び出され、海上で会見した。
家康は信長より、武田(たけだ)家へ内通している疑いのある妻子を殺すよう言われていた。

京都(きょうと)へ戻った十兵衛は信長に会い、家康への仕打ちに異を唱える。
しかし逆に、帝(みかど)に謁見していたことを指摘され、何を話したかを訊かれる。

決して他言はできない、と固く口を閉ざす十兵衛は信長からの打擲(ちょうちゃく)を受けるのであった。

ということで、


第42回「離れゆく心」の感想


本能寺(ほんのうじ)の変へ向けて、十兵衛と信長の心の乖離が加速してきました。

これまで十兵衛と信長の心の距離感を丁寧に描いてきただけあって、非常にスリリングに見ることができました。

ただ、十兵衛が鞆に足利義昭を訪れたり、海上で徳川家康と会見するのは不自然さが否めませんでしたね。

義昭訪問についてはいくら海路を使ったとはいえ、毛利水軍(もうり・すいぐん)の目をかいくぐって鞆まで無事に行けるのか、鞆に着いたとしても陸上で捕捉されないか等はちょっと疑問でした。

また、海上での徳川家康との会見についても、家康が海路で浜松(はままつ)から大阪湾(おおさかわん)まで来るには結構な日数がかかりますが、妻子処刑の命を受けている慌ただしい状況で、家康が長期間領国を不在にするとは考えづらいです。


徳川家康についてもっと知りたい方は、下記リンクをタップしてください(関連記事に飛びます):
苦難の時代の幕開け―山岡荘八『徳川家康』第5巻

同関連記事:
『おんな城主直虎』第41~45回―終盤でやっと面白くなってきた

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しかし、それらの不自然さに目をつぶれるくらいの面白さがありました。




第42回の楽しみ方―荒木摂津守について―


今回は、織田前右大将信長〔以降「右大将」〕に反旗を翻した荒木摂津守村重について書きたいと思います。


関連記事:
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摂津荒木家は藤原秀郷流波多野家(ふじわらのひでさとりゅうはたのけ)の一族とされ、丹波(たんば)の国人(こくじん)である荒木(あらき)家の一族であるという説があります。

丹波と摂津は境を接していることもあり、非常に密接な関係だったため、丹波の荒木家が摂津に移動したものと思われます。

摂津守村重は、当初は三好(みよし)家と同盟関係にあった池田民部大輔勝正の家臣として活躍していました。

民部大輔は永禄(えいろく)11年(1568年)頃、織田上総介信長に降服して織田(おだ)家臣となったため、摂津守は上総介の陪臣(※)となります。
※陪臣(ばいしん):家臣のそのまた家臣のこと


池田民部大輔についての関連記事:
『麒麟がくる』第31回―浅井家の来歴

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しかし、元亀(げんき)元年(1570年)に民部大輔の一族であった池田備後守知正とともに民部大輔を追放し、上総介へ反旗を翻し三好三人衆(みよし・さんにんしゅう)に味方します。

関連記事:
『麒麟がくる』第23回―三好氏の血縁関係(2)


天正元年(1573年)の上総介と将軍家足利義昭との対立時には、将軍家側に着いた池田備後を裏切り織田方につき、池田備後を追放して池田(いけだ)家を乗っ取ることに成功します。

上総介により摂津の支配を認められた摂津守は、羽柴筑前守秀吉の三木(みき)合戦や上月(こうづき)城の戦いへ与力(よりき)として参戦しましたが、ドラマに描かれたように、天正6年(1578年)に突如織田家へ反乱を起こします。

理由は今もって謎で、将軍家や本願寺(ほんがんじ)と仲が良かったため、という説や羽柴筑前の副将とされたことが気に入らなかったため、上総介の刀の先に刺さった餅を食わされ屈辱に感じたため、等諸説あります。

反乱を起こしてからは有岡城に籠って一年間織田家に抵抗しますが、配下の中川瀬兵衛清秀と高山右近重友〔長房〕の裏切り等によって有岡城を退転し、嫡子(ちゃくし)・新五郎村次(明智日向守光秀の娘婿)を頼って尼崎(あまがさき)城に向かいます。


中川瀬兵衛についての関連記事:
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この頃、織田上総介改め右大将信長に人質であった妻子を惨殺されています。

摂津守はそれでも抵抗しますが、耐えかねて新五郎とともに花隈(はなくま)城へ退転。

それも耐え切れずに、天正9年(1581年)、花隈城を脱出して毛利家の下へ逃れます。

その後も生き残り、本能寺の変での右大将横死後は大坂(おおさか)に居住し、道薫(道糞)を名乗り茶人として天正14年(1586年)にその生涯を閉じます。

こんな感じで、ドラマの背景にある知識が分かるとドラマをもっと楽しめます!

最後まで読んでいただきありがとうございました!


次回の記事を読みたい方は、下記リンクをタップしてください:
『麒麟がくる』第43回―波多野家について


以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・荒木 摂津守〔信濃守、通称は弥助〕 藤原 朝臣 村重
あらき せっつのかみ〔しなののかみ、通称はやすけ〕 ふじわら の あそん むらしげ
・織田 前権大納言兼前右近衛大将〔通称は三郎、上総介〕 平〔藤原、忌部〕 朝臣 信長
おだ さきのごんのだいなごんけんうこんえのだいしょう〔通称はさぶろう、かずさのすけ〕 たいら〔ふじわら、いんべ〕 の あそん のぶなが
・明智〔惟任〕 日向守〔通称は十兵衛〕 源〔大神〕 朝臣 光秀
あけち〔これとう〕 ひゅうがのかみ〔通称はじゅうべえ〕 みなもと〔おおが〕 の あそん みつひで
・羽柴〔木下〕 筑前守〔通称は藤吉郎〕 平〔豊臣〕 朝臣 秀吉
はしば〔きのした〕 ちくぜんのかみ〔通称はとうきちろう〕 たいら〔とよとみ〕 の あそん ひでよし
・征夷大将軍〔将軍家〕 足利 権大納言〔通称不明〕 源 朝臣 義昭〔義秋、一乗院覚慶〕
せいいたいしょうぐん〔しょうぐんけ〕 あしかが ごんのだいなごん〔通称不明〕 みなもと の あそん よしあき〔よしあき、いちじょういんかくけい〕
・徳川 右近衛権少将〔権右少将。通称は次郎三郎〕 源 朝臣 家康
とくがわ うこんえごんのしょうしょう〔ごんのうしょうしょう。通称はじろうさぶろう〕 みなもと の あそん いえやす
・鎮守府将軍〔通称は俵藤太〕 藤原 朝臣 秀郷
ちんじゅふしょうぐん〔通称はたわらとうじ〕 ふじわら の あそん ひでさと
・池田 民部大輔〔通称は八郎三郎〕 源 朝臣 勝正
いけだ みんぶのだゆう〔通称ははちろうさぶろう〕 みなもと の あそん かつまさ
・池田〔荒木〕 民部丞〔備後守。通称は久左衛門〕 源 朝臣 知正〔勝重、重成〕
いけだ〔あらき〕 みんぶのじょう〔びんごのかみ。通称はきゅうざえもん〕 みなもと の あそん ともまさ〔かつしげ、しげなり〕
・中川 瀬兵衛 源 清秀
なかがわ せべえ みなもと の きよひで
・高山 大蔵少輔〔通称は彦五郎、右近大夫〕 源 朝臣 重友〔友祥、長房〕
たかやま おおくらのしょう〔通称はひこごろう、うこんのだいぶ〕 みなもと の あそん しげとも〔ともなが、ながふさ〕
・荒木 新五郎 藤原 村次
あらき しんごろう ふじわら の むらつぐ
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

参考
ゆーくんはどこ?
ぴえーるのテレビブログ
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記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「円覚寺(2)」。

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今期イチオシ曲!ぜひ聞いてください!
【Cover】Nowhere Man / Joshu Washiya

※The Beatlesの楽曲のカバー。ボーカル・コーラスは筆者の声。楽器隊は打ち込みですが、機材が整い次第自分で演奏する予定です。











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Posted by 鷲谷 城州 at 20:00│Comments(0)テレビ
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