さぽろぐ

  映画・TV・音楽  |  その他の都道府県・海外

ログインヘルプ


2020年07月03日

大河ドラマを楽しむ方法(10)(『麒麟がくる』第19~20回)

春日山城


皆さんこんばんは。
今回は今年の大河ドラマ『麒麟がくる』第19~20回)に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!

・第1~2回  ・第3~4回   ・第5~6回  ・第7~8回
・第9~10回  ・第11~12回
第13~14回  第15~16回
第17~18回

まずはあらすじ。

越前・朝倉左衛門督義景(ユースケ・サンタマリア)のもとに身を寄せた明智十兵衛(長谷川博己)は、義景の使者として京都へ赴いた。
将軍家はようやく京都へ戻れたものの、実権は相変わらず三好筑前守長慶(山岸和弘)が握っているという。

そこで十兵衛は将軍家足利義輝(向井理)らと再会するも、不穏な噂を耳にする。

旧主・斎藤新九郎高政、改め治部大輔義龍(伊藤英明)が織田上総介信長(染谷将太)の暗殺を計画しているという。

十兵衛はそれを止めるため旧知の松永弾正久秀(吉田鋼太郎)に会いに行く。

松永弾正久秀の機転により、十兵衛は治部大輔義龍の暗殺計画を未然に防ぐことに成功する。

越前に戻った十兵衛は、今川が尾張を攻めるという情報を聞いて、いても立ってもいられなかった。

従弟の左馬助(間宮祥太朗)を尾張に向かわせ情報収集をするも、越前にのうのうとしている自分に怒りを感じる。

左馬助を連れて十兵衛は尾張へと向かった。

一方尾張では、今川が攻めてきているという情報により武将たちが浮足立っていた。

対策を迫られる信長であったが、帰蝶(川口春奈)は熱田へ行けという。

帰蝶には何やら策があるようだった。

ということで、


<第19回「信長を暗殺せよ」の感想>


下記、「今日は何の日?徒然日記」さんもおっしゃっているように、ちょっと主人公補正が強すぎやしませんか?

と感じました。

朝倉家臣でもない十兵衛が朝倉家の正使となるのもおかしいし、足利将軍家にも、細川与一郎改め兵部大輔藤孝(眞島秀和)にも、松永弾正にも、斎藤治部大輔にも、会えばVIP扱い。

ただ、「面白くない」と感じるほどではなく、今までの流れの中でまぁスルーしてもいいかなくらいな感じですが 笑

あとは、主人公補正があったとは言え十兵衛の暗躍で上総介の暗殺が防げたという解釈は面白いと感じました。

<第19回の楽しみ方―足利将軍家の動き―>


今回は将軍家足利義輝一行がいつの間にか京都へ戻っており、しれっと諸大名へ上洛を呼び掛けておりましたが、将軍家はいつ京都へ戻ったのか?

三好筑前守長慶との関係はどうなったのか?

ということで、以前には天文18年ごろまでの京都をめぐる政治情勢については書きましたが、それ以降はご無沙汰だったので、今回軽くまとめたいと思います。

※ちなみに「将軍家」は家のことではなく個人を指す呼称です。

(地図)将軍家足利義藤(義輝)の動き
※クリックで拡大されます。
将軍家義輝の動き


①天文18(1549)年6月 庇護者であった細川京兆晴元が三好筑前に敗れ、将軍家義輝(この頃の諱は義藤)は父・前将軍家足利義晴とともに近江・坂本に逃れます(江口の戦い)。

→②そしてすぐにおなじみ朽木谷へ。

ドラマ中で明智十兵衛が朽木を訪れたのはこの頃と思われます。
実は十兵衛が訪れたころは足利義晴は生きていたんですね。

関連記事:
大河ドラマを楽しむ方法(6)(『麒麟がくる』第11~12回)

関連記事:
ビジネスに活かす戦国合戦術⑨姉川の合戦

関連記事:
ビジネスに活かす戦国合戦術⑧金ヶ崎城の合戦

関連記事:
軽く旅行記

関連記事:
訪滋賀

関連記事:
学校

天文19(1550)年2月 父・義晴が京都・慈照寺(銀閣のあるところ)の裏山に中尾城を築き、そこに移りますが、将軍家義藤は朽木谷にとどまります。

5月 父・義晴が死去。
③将軍家義藤は中尾城に移り、そこで三好筑前と対峙します(中尾城の戦い)。

④11月 将軍家は情勢不利と見て、中尾城を焼いて近江・堅田へ退却します。

⑤天文20(1551)年2月 三好筑前との和睦に失敗し、より安全な近江・朽木へ移ります。

3月 家臣が三好筑前の暗殺をもくろみますが、失敗。

⑥天文21(1552)年1月 ついに三好筑前と和睦することができ、京に戻ります。

⑦天文22(1553)年3月 親三好派の幕臣らが力をつけたため、反三好派の幕臣らの不満を招き、三好筑前との関係が悪化。

将軍家は和約を破棄して東山霊山城に移ります。
清水寺の側ですね。

関連記事:
京都旅行/清水寺

⑧8月 三好筑前により東山霊山城が落城し、将軍家ら一行は近江・朽木へ逃れます(東山霊山城の戦い)。

天文23(1554)年2月 諱(いみな)を義藤→義輝に改めます。
名を変えることによって気分を改めようとの意図だったと言われています。

永禄元(1558)年3月 朽木谷で打倒・三好筑前のため挙兵します。

⑨5月 三好筑前と戦うため、近江・坂本に移ります。

⑩6月 京都・如意ヶ嶽に布陣して三好軍と激突しますが、膠着状態に陥ります(北白川の戦い)。

⑪11月 再び三好筑前との和議が成立し、5年振りに入京します。

ドラマで描かれたのはこの翌年・永禄2(1559)年の話で、実際に京で斎藤治部義龍や織田上総介の上洛を迎えています。

※この将軍家と三好筑前との戦いには南近江の大名・六角弾正少弼定頼、左京大夫義賢(承禎)父子が深く関わっていますが、書くと詳しくなりすぎてしまうので、今回は割愛します。

<第20回「家康への文」の感想>


全体的には良かったのですが、イマイチなところがありました。

松平蔵人佐元康(風間俊介)の母、於大の方(松本若菜)のイメージですね。

僕は山岡荘八氏の『徳川家康』に登場した於大のイメージがあるので、「やわらかい雰囲気をもっているけど、母としての強い意志を内包した大きな女性」という印象をもっていました。

しかし、『麒麟がくる』に登場したのは過去を悔いて、松平蔵人(元康)と生き別れになったことを恨み言のように訴える於大でがっかり。

暗いんですよね。

生き別れたので幼少期には影響をあまり受けていないとは思いますが、蔵人佐元康はのちに於大を引き取っています。
つまり、彼は於大の発想の影響を多少なりとも受けていたはずです。

こんなくよくよした後ろ向きの女性の息子が平和な時代を築き上げたとは思えない。というか思いたくない 笑

それと、この頃於大は織田方の武将である、阿久居(あぐい)の久松家に再嫁してます。

その辺の描写が一切なく、水野家に戻っているかのような書き方をしていたのはよくなかったと感じました。

そんな感じで文句ばっかり言っていると、ドラマを楽しめなかったように感じると思いますが、全体としては楽しめましたよ!

<第20回の楽しみ方―桶狭間の戦い―>


というわけで、今回の解説部分はやはり桶狭間の戦いですね。

以前言及したことがありますが、この時はもっとマクロな視点での分析でした。
(参考:桶狭間の合戦

今回は、もっとミクロな分析で、ドラマで描かれた松平蔵人元康の動き、つまり鳴海城に蔵人が入っていたらどうなっていたか、という仮定をします。

また、下記「地図から見る大河ドラマ」さんによる松平・水野挟撃論についても言及しようと思います。

まずは、史実としての今川治部大輔義元(片岡愛之助)と織田上総介の動きです。
(赤系が今川治部の動きで白抜きは予定されていたルートです。青系は上総介の動きです)
※クリックで拡大されます。
桶狭間の戦い(広域図)

これ、もし今川治部に大高城に入られていたらかなりのピンチですね。

幸いにも、この戦よりも前に上総介は弟の織田武蔵守信成(信勝)(木村了)や岩倉城の織田伊勢守信賢を除いていたために防衛ラインを崩されるわけではありません。

しかし、これだけの兵力差があると、囲碁的な拠点攻略戦をやらなくても力押しで勝てます。
(織田:5,000、今川:45,000)

史実としては、上総介本体が今川本陣に攻撃を仕掛ける前に「地図から見る大河ドラマ」さんにて書かれているように、佐々隼人(政次)、千秋四郎(季忠)の部隊が今川本陣に正面から戦いを仕掛けています。

これが陽動となり(上総介が意図的に仕掛けさせたという説もあります)今川本陣の兵を分散させたこともあって、上総介の本隊は今川本陣の不意を打つことに成功したわけです。

これ、松平蔵人が今川治部の命令通り鳴海城に入っていたらどうなるでしょう?

↓松平蔵人が鳴海城に入っていたら、の図
(白抜き矢印が松平蔵人隊の予想進路)
※クリックで拡大されます。
桶狭間の戦い(松平蔵人、鳴海城に入るの図)


鳴海城の籠城勢は兵力的に余裕ができるので、おそらく一部隊を遊撃に出すことが可能となります。
そうなると、おそらく便利に使われていた松平蔵人隊が遊撃として使われて、上記・佐々隼人や千秋四郎の部隊の殲滅にも駆り出されたかもしれません。

となると、今川本体からは兵の出撃がなく、ドラマで描かれたような治部本体の兵力を減らすことはできなかったわけです。

それともう一つ、「地図から見る大河ドラマ」さんでおっしゃっているような松平・水野による今川本陣挟撃を僕なりの図にしてみるとこうなります。

↓松平蔵人が今川を裏切ったなり!の図
(白抜き線が松平・水野による挟撃の予想進軍路)
※クリックで拡大されます。
桶狭間の戦い(松平、水野の挟撃)


完璧な作戦ですね 笑

こうなっていれば、史実のような織田方のギリギリの勝利ではなく「完全勝利」でした。

ですが、実際は松平・水野は動きませんでした。

松平蔵人は言うまでもなく今川方だったので「裏切り」という決断が必要だったのもありますが、出先の大高城ではっきりとした裏切りを行った場合、国許の岡崎勢や駿府の妻子がどんな目に遭わされるかわからなかったのもあると思います。

叔父の水野下野守信元(横田栄司)が出兵していたらどうなっていたでしょう?

居城・緒川城が今川治部の敗退とともに織田・今川の境界線の最前線に放り込まれるわけです。

今川方の残存兵に真っ先に攻められる可能性があったために、下野守は居城を離れる訳にはいかなかったものと思われます。

こんな風に、ドラマの背景にある知識が分かるとドラマをもっと楽しめます!

まだまだ説明したいことはたくさんありますが、今回は以上です!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・朝倉 左衛門督(通称は孫次郎) 日下部 朝臣 義景
・明智 十兵衛 源 光秀
・三好 筑前守(通称は孫次郎) 源 朝臣 長慶
・征夷大将軍(将軍家) 足利 左近衛中将(略称「左中将」。通称不明) 源 朝臣 義藤(義輝)
・斎藤 治部大輔(通称は新九郎) 藤原 義龍(高政)
・織田 上総介(通称は三郎) 平(藤原、忌部) 朝臣 信長
・松永 弾正忠(または弾正少弼。通称は不明) 藤原(源?) 朝臣 久秀
・明智(三宅) 左馬助(通称は弥平次?) 源 朝臣 秀満
・細川 兵部大輔(通称は与一郎) 源 朝臣 藤孝
・細川 右京大夫(略称「京兆」。通称は六郎) 源 朝臣 晴元
・征夷大将軍(将軍家) 足利 右近衛大将(略称「右大将」。通称不明) 源 朝臣 義晴
・(佐々木)六角 弾正少弼(通称は四郎) 源 朝臣 定頼
・(佐々木)六角 左京大夫(通称は四郎) 源 朝臣 義賢(承禎)
・松平 蔵人佐(通称は次郎三郎) 源 朝臣 元康(元信、のちの徳川家康)
・今川 治部大輔(通称不明) 源 朝臣 義元
・織田 武蔵守(弾正忠。通称は勘十郎) 藤原(忌部) 信成(達成・信勝・信行)
・佐々 隼人正(官職不明) 源 政次(成吉 勝通)
・千秋 加賀守(通称は四郎) 藤原 朝臣 季忠
・水野 下野守(通称は藤四郎、藤七郎) 源 朝臣 信元
☆武家の「通称」の普及を切に願います!


☆「このブログ、もっと読みたいかも」と思った方はぜひ読者登録してみてください!

ブログ更新時にお知らせが届きます。

→【PC版】
画面左のサイドバーに読者登録ボタンがあります。メールアドレスを入力して、「登録」ボタンを押すだけです!

→【スマホ版】
こちらのプロフィール画面のプロフィールの下にある「読者登録 登録・解除」をタップし、メールアドレスを入力して「登録」ボタンをタップするだけです!


↓時代背景のイメージが身についてきたなと思ったら下記リンクのドラマガイドなどでドラマの内容を復習してみてください!



モッピー!お金がたまるポイントサイト

参考
第19回
今日は何の日?徒然日記
BUSHOO!JAPAN(武将ジャパン)
2020、映像メディアは死んだ ~ テレビドラマ・映画・Web動画をめぐって
第20回
桶狭間の戦いについての推論がすごく面白いです!
地図から見る大河ドラマ
keikoのブログ
妄想泥棒のブログ(銀英伝・ハガレン二次創作小説とマンガ・読書・間宮祥太朗ドラマ感想)

twitterfacebookでのフォロー、お待ちしてます!

/
記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は『メン・イン・ブラックⅢ』について。

//
今期イチオシ曲!ぜひ聞いてください!
Too Far Away / Stoning Crows









パーソナルトレーニング【Global fitness】


書籍ベストセラー
PC周辺機器・パーツ
台所用品



あなたにおススメの記事


follow us in feedly
同じカテゴリー(テレビ)の記事画像
大河ドラマを楽しむ方法(21)(『麒麟がくる』第28回)
大河ドラマを楽しむ方法(20)(『麒麟がくる』第27回)
大河ドラマを楽しむ方法(19)(『麒麟がくる』第26回)
大河ドラマを楽しむ方法(18)(『麒麟がくる』第25回)
大河ドラマを楽しむ方法(17)(『麒麟がくる』第24回)
大河ドラマを楽しむ方法(16)(『麒麟がくる』第23回)
同じカテゴリー(テレビ)の記事
 大河ドラマを楽しむ方法(21)(『麒麟がくる』第28回) (2020-11-24 20:00)
 大河ドラマを楽しむ方法(20)(『麒麟がくる』第27回) (2020-11-20 20:00)
 大河ドラマを楽しむ方法(19)(『麒麟がくる』第26回) (2020-11-08 20:00)
 大河ドラマを楽しむ方法(18)(『麒麟がくる』第25回) (2020-10-23 20:00)
 大河ドラマを楽しむ方法(17)(『麒麟がくる』第24回) (2020-10-19 20:00)
 大河ドラマを楽しむ方法(16)(『麒麟がくる』第23回) (2020-10-07 20:00)

Posted by Sosuke Washiya at 20:00│Comments(0)テレビ
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。