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2020年08月04日

大河ドラマを楽しむ方法(12)(『麒麟がくるまでお待ちください』第2~3回)

春日山城


皆さんこんばんは。
今年の大河ドラマ『麒麟がくる』に関しての楽しみ方を解説していたこのシリーズですが、ドラマの放送休止に伴い、今回からは代替番組『麒麟がくるまでお待ちください』の楽しみ方を解説していきたいと思います。

番組を見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!

【『麒麟がくる』の楽しみ方】
・第1~2回  ・第3~4回   ・第5~6回  ・第7~8回
・第9~10回  ・第11~12回
第13~14回  第15~16回
第17~18回  第19~20回
第21回

ということで、


<『国盗り物語』の感想>


『国盗り物語』は昭和48(1573)年に放送されたものです。

司馬遼太郎の同名小説を原作としており、前半は斎藤道三(平幹二朗)の生涯を、後半は織田信長(高橋英樹)と明智光秀(近藤正臣)にフォーカスして描かれています。

僕はこの大河を見たことがなかったのですが、登場人物の思考を俳優がアテレコしているのに驚きました。

アニメみたいですね。

新鮮ではあったし、その人物が考えていることは伝わりやすいとは思いますが、今見ると滑稽な気がしますし、俳優の表情や仕草での演技の方が好きです 笑

その表情や仕草の理由が分かったときの感動が違いますしね。

それと道三こと松波庄九郎が奈良屋のお万阿(池内淳子)と結ばれたときの庄九郎のセリフ「どう料理るか」に笑いました。

「料理る(りょうる)」とは江戸時代から存在する言葉で、字のごとく「料理する」という意味から派生して「対象物をうまく処理する」という意味で使われるのですが、昭和のこの時代まで使われていたのですね。

昭和中期頃までの時代・歴史小説にはちょこちょこ登場する表現なので、おそらく司馬遼太郎の原作にあったセリフなのでしょうね。

で、結局、今回のダイジェストを見ただけでは『国盗り物語』全体の魅力はわかりませんでした。

正直、ダイジェストと見た段階では特に見たいなとは思わなかったのですが、多くの人が名作とおっしゃっている大河ですし、今回の『麒麟がくる』は『国盗り物語』をオマージュしているともいわれているので、機会があったら全話見てみたいです。

<『国盗り物語』の楽しみ方―斎藤道三二代説―>


というわけで、『国盗り物語』と『麒麟がくる』の道三の描き方に不自然さを感じた方はいらっしゃると思うのですが、実際に異なる描き方をされています。

それは、道三の成り上がりの過程について。

ここで、道三の成り上がり過程を復習してみましょう。

①明応3(1494)年 山城国乙訓郡(現在の京都市西京区・向日市・長岡京市の辺り)で生まれる(永正元(1504)年説あり)。幼名:峰丸

②永正2(1505)年 京都・妙覚寺にて僧となり、法蓮房を名乗る。

③年代不明 還俗して松波庄五郎(庄九郎)を名乗る。

④年代不明 油問屋・奈良屋の娘を娶り、山崎屋の屋号を名乗って油商人となる。
※『麒麟がくる』の劇中で「油売り」と言っていたのはこのことを指しています→参考:「大河ドラマを楽しむ方法(9)(『麒麟がくる』第17~18回)」
※『国盗り物語』で「料理る」という言葉が出てきた場面です。


⑤大永年間(1521~1528)年 美濃守護・土岐氏家臣である長井越中守長弘に仕え、西村家の家名を継ぐ。
西村勘九郎正利と名乗る。

⑥大永7年(1527)年 土岐左京大夫頼芸の美濃守護補任に協力する。

⑦天文2(1533)年 長井越中守を殺害し、長井新九郎規秀を名乗る。

⑧天文7年(1538)年 美濃守護代・斎藤大和守利良の死により斎藤氏の名跡を継ぎ、斎藤新九郎利政と名乗る。
美濃守護代となる。

とこんな感じで、これ以降は『麒麟がくる』で描かれていましたね。

ここで問題になるのが油売り・松波庄五郎(庄九郎)の存在です。

『麒麟がくる』では確か、道三の息子の新九郎高政が道三に向かって「油売りの子」と言っていたはずです。

道三のことを「油売りの子」と言っているんですね。

あれ?おかしいですよね?

『国盗り物語』では松波庄五郎(庄九郎)も道三も平幹二朗さんが演じていたはず…

実は、江戸時代~20世紀に入るまで、上記①~⑧はすべて道三一人の所業とされていました。

しかし、1960年代の調査で上記①~⑧は父子二代にわたる所業なのではないかという説が浮上しました。

『麒麟がくる』では、この「成り上がり父子二代説」を採っている訳ですね。
※通説としては今も①~⑧は道三一人の所業とされていますが、「父子二代説」もかなり有力です。

※ちなみに、⑤の辺りまでが道三の父のやったことで、彼は最終的に長井新左衛門尉(豊後守)と名乗ったとされています。

↓参考:美濃斎藤氏略系図
※クリックで拡大されます。
美濃斎藤氏略系図


<『利家とまつ』の感想>


『利家とまつ』の放送は平成14(2002)年でこの頃僕は大学一年生でした。

ちょうどそのころ、僕は恋にバイトに学業に大忙しでテレビ離れをしていた時期で、大河ドラマどころかテレビ番組をほとんど見ていなかった時期に当たります。

また、これ以前5年間くらいの大河は総じてあまり「面白い」という噂を聞いたことがなかったのもあります。
※『利家とまつ』に関して「面白くない」という噂も聞いたことはありませんが 笑

ですのであまりいい印象はなく、今回の『~お待ちください』で『利家とまつ』の冒頭を見たときもあまり面白そうだとは思いませんでしたが、中盤になって感想が変わりましたね。

おそらく、主演の唐沢寿明氏・松島菜々子氏をはじめとした反町隆史氏や香川照之氏等俳優陣の熱量がすごかったのでしょうね。

あとは、前田又左利家と羽柴藤吉郎秀吉の出世争いのデッドヒートが面白かったです。

このドラマは見たくなりました。

<『利家とまつ』の楽しみ方―利家の生涯―>


ドラマ中で描かれているはずですが、ここでは前田又左衛門利家の生涯をおさらいしておこうと思います。

・天文7年12月(1539年1月) 尾張荒子城主(現在の名古屋市中川区荒子)前田縫殿助利春の四男として誕生。幼名:犬千代

・天文20(1551)年、小姓として織田三郎信長に仕える。

・天文21(1552)年、三郎信長と織田彦五郎信友が争った萱津の戦いで初陣。
元服して又左衛門利家と名乗る。

・永禄元(1558)年ごろ、三郎改め上総介信長の親衛隊的部隊「赤母衣衆」に抜擢される。
篠原主計(一計)の娘であり、父・前田縫殿助に養育されていたまつを正室に迎える。

・永禄2(1559)年、上総介の同朋衆である拾阿弥といさかいを起こし殺害する。
柴田権六、森三左衛門のとりなしで死罪を免れ、浪人となる。

・永禄3(1560)年、桶狭間の戦い無断参戦。

・永禄4(1561)年、斎藤家との戦いである森部の戦いに無断参戦し、功績を認められ、織田家帰参を許される。

・永禄12(1569)年、上総介改め織田弾正少忠信長の命で、兄・蔵人利久より荒子前田家の家督を継ぐ。

・元亀元(1570)年、金ヶ崎城の戦い姉川の戦い、春日井堤の戦い(対石山本願寺戦)に参戦。

・天正元(1573)年、一乗谷城の戦いに参戦。

・天正2(1574)年、長島一向一揆との戦いに参戦。
柴田権六改め修理亮勝家の与力(子会社への出向的な扱い)となる。

・天正3(1575)年、長篠の戦いに参戦。
越前一向一揆を平定。柴田修理より、佐々内蔵助・不破河内とともに越前・府中10万石を与えられる。
→以降、対上杉戦で各地の戦闘に参加。

・天正6(1578)年、摂津・有岡城の戦いに参戦。
~天正8(1580)年、播磨・三木城攻めに参戦。

・天正9(1581)年、織田弾正少忠改め前右大臣信長より能登一国を与えられ、七尾城主23万石となる。

・天正10(1582)年、本能寺の変が勃発。又左は越中・魚津城攻めに参戦していた。
柴田修理の与力として、羽柴筑前との和睦の使者となる。

・天正11(1583)年、柴田修理方として賤ケ岳の戦いに参戦するが、戦わずして撤退。
越前・府中城に籠るが、羽柴筑前の使者である堀久太郎の勧誘に応じて降服。柴田修理の籠る北ノ庄城攻めの先鋒となる。
羽柴筑前より加賀二郡の加増を受け、居城を金沢城(尾山城)に移す。

・天正12(1584)年、小牧長久手の戦いに呼応して挙兵した佐々内蔵助が末森城に攻め寄せるが撃退。
越中に攻め込む(~天正13(1585)年)
佐々内蔵助が降服。
嫡子・前田孫四郎利長が越中三郡の加増を受ける(前田家石高76万石)

・天正14(1586)年、九州征伐時に畿内を守備。
羽柴氏の名乗りを許され、筑前守・左近衛権少将に任官。
伊達氏、南部氏ら東北諸大名との交渉役となる。

・天正16(1588)年、豊臣姓を下賜される。

・天正18(1590)年、参議に任官。
北野大茶湯等に出席。
小田原の役の際には上野・松井田城、武蔵・鉢形城、八王子城を落とす。
奥羽鎮圧。

・天正19(1591)年、肥前・名護屋城入城。
関白(太閤)秀吉の留守中は徳川左大将家康とともに指揮を執る。

・文禄2(1593)年、朝鮮への渡海準備中に文禄の役が終結。金沢に帰城。

・文禄3(1594)年、従三位権中納言に任官。

・文禄4(1595)年、嫡子・孫四郎改め権左中将利長が越中の残りの一郡を加増され、前田家は加賀・能登・越中にまたがる84万石となる。
・慶長元(1596)年、従二位権大納言に任官。

・慶長3(1598)年、醍醐の花見に出席。
嫡子・権左中将に家督を譲り、隠居。
太閤より隠居が許されず、五大老に任じられる。
太閤秀吉没。

・慶長4(1599)年、豊臣秀頼の傅役として伏見城の年賀に出席。
大坂城に入城。
徳川内府家康の法度違反を咎め、会見。お互い譲歩することで和解。
大坂の自邸で病没。

てな感じで例にもれず波乱万丈な人生です。

『利家とまつ』では布団の上で平和に没しておりましたが、一説によると病床で割腹したという話もあります。

ドラマ中で描かれなかったこともきっとあると思いますので、上記を踏まえた上で楽しむとまた違った見方ができるかもしれません。

こんな風に、ドラマの背景にある知識が分かるとドラマをもっと楽しめます!

というわけでまだまだ説明したいことはたくさんありますが、今回は以上です!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・斎藤 山城守(通称は新九郎) 藤原 朝臣 利政(道三)
(長井 新九郎 藤原(大江?) 規秀(秀龍))
・織田 右大臣(右府。総見公。通称は三郎、上総介) 平(藤原、忌部) 朝臣 信長
・明智 日向守(通称は十兵衛) 源(惟任) 朝臣 光秀
・松波 庄五郎 藤原 (諱不明)
(西村 勘九郎 (氏不明) 正利)
(長井 豊後守(通称は新左衛門尉) 藤原(大江?) 朝臣 (諱不明))
・長井 越中守(通称は藤左衛門尉) 藤原(大江?) 朝臣 長弘
・土岐 美濃守(通称不明。左京大夫) 源 朝臣 頼芸
・斎藤 大和守(通称は新四郎) 藤原 朝臣 利良(読みは「としなが」)
・斎藤 新九郎 藤原 高政(義龍)
・前田(羽柴) 権大納言(通称は又左衛門) 菅原(豊臣) 朝臣 利家
・関白 羽柴 太政大臣(通称は藤吉郎) 豊臣 朝臣 秀吉
・前田 縫殿助(ぬいのすけ)(通称は蔵人) 菅原 朝臣 利春(利昌)
・織田 大和守(通称は彦五郎) 藤原(忌部) 信友
・篠原 主計(官職なのか通称なのか不明) (氏不明) (朝臣?) (諱不明)
・愛智 (通称不明) 源 (諱不明)(拾阿弥)
・柴田 修理亮(通称は権六または権六郎) 源 朝臣 勝家
・森 三左衛門 源 可成
・前田 蔵人 菅原 利久
・佐々 内蔵助 源 成政
・不破 河内守(通称は太郎左衛門尉) 藤原(源) 朝臣 光治
・堀 久太郎 藤原 秀政
・前田 左近衛権中将(通称は孫四郎) 菅原 朝臣 利長
・徳川 内大臣(通称は次郎三郎) 源 朝臣 家康
・羽柴 右大臣(通称は藤吉郎) 豊臣 朝臣 秀頼
(文献上「羽柴」を名乗った例はありませんが、名字に該当するものは「羽柴」です)
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

↓『国盗り物語』『利家とまつ』に興味がわいてきた方は下記リンクから情報収集してみてください!



モッピー!お金がたまるポイントサイト

参考
『国盗り物語』について
それゆけ!! Kassy号〜♪ season14
ぴえーるのテレビブログ
歴代大河の帰蝶像について
今につながる日本史+α
『利家とまつ』について
森の中の一本の木
あずきブログ
やまもも書斎記


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