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2020年09月29日

上月城の戦いに学ぶ―信頼の貯金を作る

上原城


皆さんこんばんは。
今回は「ビジネスに活かす戦国合戦術」第30弾として、「上月城の戦い」について、ビジネス的視点で学んでいこうと思います。


第5回 長良川の合戦   第6回 桶狭間の合戦
第12回 三方ヶ原の合戦  第14回 叡山焼き討ち
第18回 長篠の合戦   第21回 高遠城の合戦
第22回 江古田原沼袋の戦い   第23回 天目山の戦い
第24回 権現山の戦い   第25回 天正伊賀の乱
第26回 石山合戦   第27回 新井城の戦い
第28回 雑賀・根来合戦   第29回 第一次国府台の戦い

※『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の神谷次郎氏の記事をベースに他ブログさんの記事などを参考にさせていただいております(下記)。

仕事でもプライベートでも、ごくたまに仲のよかった人との関係が冷え込んでいくことがあります。

明確に相手に嫌われる、もしくは自分が相手を嫌いになる原因がわかっているときはいいのですが、まったく心当たりがないこともたまにあります。

そうなってしまったら、相手との関係を修復する方法もわからずそのまま疎遠になってさようなら、というパターンが多いような気がします。

悲しいですよね。

寂しいですよね。


今回は、そうならないための方策を「上月城の戦い」から読みとっていきたいと思います。


<合戦の流れ>


天正5(1577)年、畿内の平定にある程度の目処を付けた右大臣織田信長(以下「右府」)は、羽柴筑前守秀吉(以下「羽柴筑前」)に播磨・但馬攻略を命じます。

元々播磨は守護・赤松氏が支配していましたが、この頃には支配力が緩み、赤松氏以外にも赤松家臣であった別所氏、小寺氏、三木氏やなどが乱立するようになっていました。

羽柴筑前は赤松家当主・則房(通称・官職不明)や三木城主・別所侍従長治(以下「別所侍従」)、御着城の小寺加賀守政職を従えることに成功しました。

その後、小寺官兵衛孝高(のちの黒田官兵衛)の拠る姫路城を間借りした筑前は、そこを拠点にして播磨攻略を進めます。

西播磨にはまだまだ毛利家に従う勢力があり、その中の一つが赤松蔵人大輔政範(以下「赤松蔵人」)の拠る上月城でした。

筑前は同年中に上月城を落城させ、赤松蔵人は自害。
上月城には山陰の雄・尼子氏の一族である尼子孫四郎勝久(以下「尼子孫四郎」)を擁する山中鹿介幸盛(以下「山中鹿介」)ら尼子旧臣を入れました。
※尼子氏は一時山陰を席捲したのですが、その後毛利家に滅ぼされています。
※その後、上月城は宇喜多家に奪われますが、羽柴筑前が取り返しています。


関連記事:
合戦における戦術について⑭第二次月山富田城の合戦

翌天正6(1578)年には三木城の別所侍従が織田家に離反し、筑前は三木城攻めを開始します。

この動きに呼応して、毛利勢が動き始めました。

上月城を攻めたのです。

守勢は尼子孫四郎以下2,300~3,000程。
毛利は3万の軍勢だったと言われています。

荒木摂津守村重(以下「荒木摂津」)と合流した筑前は三木城攻めの兵を残しつつも上月城救援へ向かいます。

第二次上月城の戦い_広域図


すぐ近くの高倉山に陣を張りますが、筑前の手勢は1万程。

毛利の大軍に手も足も出ません。

筑前はたまらず右府に援軍の要請を出しますが、当時は織田家は本願寺との戦いが続いており、さらに三木城の攻防戦の真っ最中でした。

関連記事:
石山合戦から学ぶ―「理念」のもつパワー

そのため右府は筑前に「上月城は見捨てて三木城攻めに戻るべし」という命令を下します。

筑前と荒木摂津はやむなく高倉山を放棄して姫路城近くの書写山へ戻りましたが、上月城は落城。
尼子孫四郎以下の主だった武将は自刃し、山中鹿介は備後に送られる途中で斬られてしまいました。
(第二次上月城の戦い)

<この戦いから読み取れること>


この戦いは山中鹿介という悲劇のヒーローの存在によって、ひときわ目立つエピソードとして語られることが多いです。

当時、このように見捨てられた城は少なくなかったですし、右府の冷酷な判断は他にも多くありました。

尼子孫四郎と山中鹿介はこの前に一度因幡で再起を企てましたが失敗し、これが二度目の尼子家再興のチャンスだったようです。

関連記事:
鳥取城の戦いに学ぶ―長期戦を避けるべし

このような彼らの執念が上月城の戦いの悲劇性を際立たせるのでしょうね。

大勢としてはこの戦いは織田家の形勢にはあまり影響がなく、やはり三木城や本願寺との戦い、直後の荒木摂津の離反のインパクトの方が大きかったようです。

しかし、僕としてはこの戦いが織田家周辺に与えた影響は小さくなかったと思うんですよね。

あれだけ尼子家の再興を頑張っていた孫四郎と鹿介を見捨てた右府は、なんて非情な男なんだといったふうに。

上に書いたようにこの直後に摂津・有岡城の荒木摂津が織田家を離反していますし、本能寺の変を起こす明智日向守光秀(以下「明智日向」)の心理への影響も小さかったとは言えない気もします。
※孫四郎と鹿介を右府に近づけたのは明智日向です。

関連記事:
石山合戦から学ぶ―「理念」のもつパワー

つまり、右府はこの一件で信頼の貯金を大きく減らした、と言えるのかもしれません。

<日常の積み重ねが大きく響く>


日常生活では身近な人に「信頼の貯金」を積み重ねていくことが非常に大きな効果をもたらします。

逆に、上記の右府のように「信頼の貯金」を取り崩して「負債」を作ってしまうと大きなマイナスをもたらします。

僕は平成22~26年までStoning Crowsというバンドをやっていましたが、その時に「信頼の負債を作る」という行動をしてしまいました。

平成25年の3月に僕が中心となってStoning Crows主催のイベントを開催したのですが、その時にメンバーの1人の方のアイディアを思い込みによって封殺してしまいました。

この時彼に「独裁者のいるバンドにはいたくない」と言われてしまい、僕はびっくりしてしまいました。
※この時の大騒ぎが発端となり、僕自身のやる気が削がれていったのも事実です。

Stoning Crowsというバンドは僕がメンバーの募集をして作ったバンドなので当然僕がリーダーだったのですが、上記事件でやる気をなくしたことにより、僕は徐々にリーダーとしての役割を放棄するようになっていきました。

その後、彼との間に様々なすれ違いが生じるようになり、僕は少しずつ彼の「信頼の貯金」を減らしていき、ついに「負債」を作るようになります。
※「信頼の貯金」は実は双方向的なので、僕の方でも彼の信頼の貯金額が減り続けていきました。

平成26年になって僕は本業で学習塾の新規教室を立ち上げたため、予定が不安定となっていました。
そのため、(1週間以上前だったとは思うのですが)、メンバーにリハーサル(※)の日時を変えてくれないか、という打診をしました。
※普段の練習のことです。

メンバーにはあらかじめリスケの可能性は伝えていたのですが、彼の耳には入っていなかったようで、彼は激怒しました。

「こっちにも予定があるのに、急に変えられたら困る」
「それが人にものを頼む態度か?」

といった風に
※僕としては丁寧なメールを送ったつもりでした。

信頼の貯金が十分にあればこの程度のことは穏やかに話がついたはずなのですが、僕は彼に「信頼の負債」を作っていたため、
感情的な話になってしまいました。
こんな感じで「信頼の負債」を作ってしまうと些細なことで人間関係が壊れていきます。

ですから、「信頼の貯金」を作るためには逆のことをやればいいんです。

小さな約束を守り続けること。

もちろん、関わっているすべての人々にそこまで注力することは不可能ですから、最も大切な人3人に対してこれをやり続けます。

身近な3人に誠実な態度を取っていれば、他の人たちにもそれができるようになっていきます。
誠実な態度を続けていき、もし誤って不誠実な行動をとってしまうことがあれば、きちんと謝って説明する。

コツコツと貯金を続けていけば、数年後、数十年後には大きな金額となっていきます。
同じように「信頼の貯金」も積み重ねていけば、後々、大きな力になって自分に戻ってきます。

簡単なことではありませんが、こうすることでみんな幸せになっていきます。

というわけで、今回は「信頼の貯金を作る」ということについて説明させていただきました。

まだまだ説明したいことはたくさんありますが、今回は以上です!
最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・織田 右大臣(右府。総見公。通称は三郎、上総介) 平(藤原、忌部) 朝臣 信長
・羽柴(木下) 筑前守(通称は藤吉郎) 平(豊臣) 朝臣 秀吉
・赤松 (通称・官職不明) 源 (朝臣?) 則房
・別所 侍従(通称は小三郎) 源 朝臣 長治
・小寺 加賀守(通称は孫四郎、藤兵衛尉) 源 朝臣 政職
・小寺(黒田) 官兵衛 源 孝高
・赤松 蔵人大輔(通称か官職か不明) 源 (朝臣?) 政範
・尼子 孫四郎 源 勝久
・山中 鹿介 源 幸盛
・荒木 摂津守(信濃守、通称は弥助) 藤原 朝臣 村重
・明智 日向守(通称は十兵衛) 源(惟任) 朝臣 光秀
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

参考
城郭と歴史雑学
日本百名城の旅
小太郎の野望


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Posted by Sosuke Washiya at 20:00│Comments(0)趣味
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