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2021年03月12日

『麒麟がくる』第41回―赤井悪右衛門について

満月
István MihályによるPixabayからの画像
《令和6年2月16日更新》

皆さんこんばんは。
今回は令和2年の大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』第41回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。

【『麒麟がくる』の楽しみ方】
・第1~2回―当時の三傑と明智家/リアルな戦の描写 ・第3~4回―美濃の情勢/織田家の状況
・第5~6回―当時の京都の情勢 ・第7~8回―尾張国内の政治情勢/当時の三河情勢
・第9~10回―土岐一族とは/織田家の血縁関係 ・第11~12回―なぜ朽木谷か?/信長家臣団の萌芽
・第13~14回―戦国最強の傭兵団/村木砦の戦い ・第15~16回―織田一族の関係性/新九郎高政の重臣たち
・第17~18回―斎藤家の血族関係/永禄元年までの織田家 ・第19~20回―足利将軍家の動き/桶狭間の戦い
・第21回―松平蔵人の親族
・『麒麟がくるまでお待ちください』第2~3回―斎藤道三二代説/前田利家の生涯
・『麒麟がくるまでお待ちください』第4回―羽柴藤吉郎の名称
・総集編第1回 ・第22回―三好氏の血縁関係
・第23回―三好氏の血縁関係(2) ・第24回―剣豪の系譜
・第25回―朝倉氏の系譜・第26回―摂関家の系譜
・第27回―会合衆とは何者か? ・第28回―摂津晴門とは何者?
・第29回―押領と何か・第30回―三淵氏の来歴
・第31回―浅井家の来歴 ・第32回―森可成とは?
・第33回―延暦寺の歴史 ・第34回―松永弾正の出自
・第35回―細川藤孝について ・第36回―足利家について(1)
・第37回―足利家について(2) ・第38回―斎藤内蔵助について
・第39回―原田備中守について ・第40回―松永弾正の茶器


まずはあらすじ。



第41回のあらすじ


天正(てんしょう)6年(1578年)、丹波国衆(たんば・くにしゅう)を次々と降していく明智十兵衛(日向守)光秀(長谷川博己)。
引き立てられてくる国衆たちに丹波の再興を託し解放するが、彼らのバックに将軍家・足利権大納言義昭(滝藤賢一)がいることを知るのであった。

京都(きょうと)の自邸の戻った十兵衛は、羽柴筑前守秀吉(佐々木蔵之介)の訪問を受ける。
播磨(はりま)へ出陣する前にあいさつに訪れたという秀吉に対し、十兵衛は一言釘をさす。
十兵衛が松永弾正久秀(吉田鋼太郎)から名器・平蜘蛛(ひらぐも)を受け取ったという情報を掴み、織田前右大将信長(染谷将太)に告げ口をしたのは秀吉だったのだ。

十兵衛は、安土(あづち)城に向かい信長に平蜘蛛を見せた。
平蜘蛛をもつ者は「いかなる折も誇りを失わぬ者、志高き者、心美しきものであるべき」という久秀の言葉を伝えるが、信長はその平蜘蛛を売るという。

その後、帝(みかど)(坂東玉三郎)に謁見する十兵衛。
帝は、月へ上って閉じ込められてしまった「桂男(かつらおとこ)」の話を引用し、信長が「桂男」とならないようしかと見届けよ、と十兵衛に命じるのであった。

ということで、
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Posted by 鷲谷 城州 at 20:00Comments(0)テレビ