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2021年04月09日

お食事しながらホラーな神秘体験!(ヴァンパイアカフェ(6))

ヴァンパイアカフェ


皆さんこんばんは。
今回は「ヴァンパイアカフェ」特集の第6弾です。

【過去記事】
・「ヴァンパイアカフェに行った(1)
・「お食事しながらホラーな神秘体験!(ヴァンパイアカフェ(2))
・「お食事しながらホラーな神秘体験!(ヴァンパイアカフェ(3))
・「お食事しながらホラーな神秘体験!(ヴァンパイアカフェ(4))
・「お食事しながらホラーな神秘体験!(ヴァンパイアカフェ(5))


「ヴァンパイアカフェ」とは、東京・銀座駅から徒歩5分のあたりにあるいわゆる「コンセプトカフェ」と呼ばれる類のカフェです。

どのようなコンセプトかといえばその名の通り「ヴァンパイア」つまり吸血鬼をモチーフにしたコンセプトです。

前回は「トランシルヴァニア」、「血を啜り咲き乱れる悪の薔薇」についてレポートしましたが、今回はその続きです!


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Posted by Sosuke Washiya at 20:00Comments(0)食べ物

2021年04月05日

『青天を衝け』第1回―渋沢家について

深谷駅


皆さんこんばんは。
今回は令和3年の大河ドラマ『青天を衝け』第1回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!



まずはあらすじ。

文久4(1864)年、京。
渋沢栄一(吉沢亮)と渋沢喜作(高良健吾)は駆けだした。

駆けだした先には徳川権中納言慶喜(草彅剛)がいた。
栄一と喜作は慶喜の前に跪き、取り立ててもらえるよう訴えた。

天保15(1844)年、武蔵国血洗島。
4歳の栄一(小林優仁)は父・市郎右衛門(小林薫)から神君・徳川家康公の教えを受け、従兄の尾高新五郎惇忠(田辺誠一)から漢籍などを教わっていた。

ある日栄一は、喜作や新五郎の弟・長七郎ら幼馴染と遊んでいた。
そんな中、新五郎・長七郎らの妹・千代のくしが川に流されてしまった。

千代と栄一は必死で追いかけるも追いつけずにいたが、それをある人物が拾った。

罪人として岡部藩に捕縛されたが、それを逃れてきた高島秋帆であった。

秋帆の存在が気になった栄一は、夜半、長七郎らと藩の牢を見に行った。
そこで秋帆と会話することができた栄一は、日本の行く末を心配する秋帆の考えを深く記憶に刻み込んだのであった。

ということで、


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Posted by Sosuke Washiya at 20:00Comments(0)テレビ

2021年04月01日

『麒麟がくる』第44回―南光坊天海について

喜多院


皆さんこんばんは。
今回は令和2年の大河ドラマ『麒麟がくる』第44回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!

【『麒麟がくる』の楽しみ方】
・第1~2回―当時の三傑と明智家/リアルな戦の描写 ・第3~4回―美濃の情勢/織田家の状況
・第5~6回―当時の京都の情勢 ・第7~8回―尾張国内の政治情勢/当時の三河情勢
・第9~10回―土岐一族とは/織田家の血縁関係 ・第11~12回―なぜ朽木谷か?/信長家臣団の萌芽
・第13~14回―戦国最強の傭兵団/村木砦の戦い ・第15~16回―織田一族の関係性/新九郎高政の重臣たち
・第17~18回―斎藤家の血族関係/永禄元年までの織田家 ・第19~20回―足利将軍家の動き/桶狭間の戦い
・第21回―松平蔵人の親族
・『麒麟がくるまでお待ちください』第2~3回―斎藤道三二代説/前田利家の生涯
・『麒麟がくるまでお待ちください』第4回―羽柴藤吉郎の名称
・総集編第1回 ・第22回―三好氏の血縁関係
・第23回―三好氏の血縁関係(2) ・第24回―剣豪の系譜
・第25回―朝倉氏の系譜・第26回―摂関家の系譜
・第27回―会合衆とは何者か? ・第28回―摂津晴門とは何者?
・第29回―押領と何か・第30回―三淵氏の来歴
・第31回―浅井家の来歴 ・第32回―森可成とは?
・第33回―延暦寺の歴史 ・第34回―松永弾正の出自
・第35回―細川藤孝について ・第36回―足利家について(1)
・第37回―足利家について(2) ・第38回―斎藤内蔵助について
・第39回―原田備中守について ・第40回―松永弾正の茶器
・第41回―赤井悪右衛門について ・第42回―荒木摂津守について
・第43回―波多野家について


まずはあらすじ。

天正10(1582)年5月、徳川右近衛権少将家康(風間俊介)の饗応役を解かれた明智日向守(十兵衛)光秀(長谷川博己)は安土城にて、織田前右大臣信長(染谷将太)から、饗応時に叱った理由を聞かされていた。

信長は、家康の反応を見たかったのだという。

また信長は、四国の長宗我部を攻めるという。
羽柴筑前守秀吉(佐々木蔵之介)が言うには、中国攻めに当たって長宗我部の動きが危なく、中国攻めに集中できないというのが理由であった。

長宗我部家は十兵衛が窓口となり、融和政策を進めていた相手である。
また、十兵衛の家臣・斎藤内蔵助利三(須賀貴匡)の異父妹の嫁ぎ先でもある。

さらに信長は、十兵衛に将軍家・足利権大納言義昭(滝藤賢一)を殺せという。

6月、十兵衛は、わずかな手勢で京に入った信長の居所・本能寺を目指して行動を開始した。
世にいう「本能寺の変」の勃発である。

ということで、


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Posted by Sosuke Washiya at 20:00Comments(0)テレビ