2020年12月10日
『麒麟がくる』第30回―三淵氏の来歴

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《令和6年10月3日更新》
皆さんこんばんは。
今回は今年の大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』第30回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。
大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない。
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。
まずはあらすじ。
第30回のあらすじ
永禄(えいろく)12年(1569年)、岐阜(ぎふ)に到着した明智十兵衛光秀(長谷川博己)は織田弾正少忠信長(染谷将太)に拝謁(はいえつ)した。
信長は、三好三人衆(みよし・さんにんしゅう)と結んで美濃(みの)への侵入を企てている越前(えちぜん)の朝倉左衛門督義景(ユースケ・サンタマリア)を討つべきかどうか悩んでいたが、帰蝶(きちょう)(川口春奈)の考えを含んだ十兵衛の言葉により、朝倉(あさくら)を討つ決心をした。
翌永禄13年(1570年)、信長はこれまで幕府(ばくふ)でさえも手を付けなかった御所(ごしょ)の塀を直したことで帝(みかど)(坂東玉三郎)に拝謁することに成功し、朝倉討伐について帝からの後ろ盾を得るのであった。
十兵衛はそのことを理由に幕府にて将軍家・足利権大納言義昭の越前への同行を願い出るが、却下される。
その際、摂津掃部頭晴門(片岡鶴太郎)から、
朝倉義景の嫡男(ちゃくなん)・阿君丸(くまぎみまる)の毒殺を命じたのは三淵弾正藤英(谷原章介)であり、毒を運んだのは自分の家臣である。
そのおかげで信長は義昭を奉じて上洛(じょうらく)することができたのだ。
だから、信長の言うことをきく必要はない。
という越前での事件の真相を聞かされ、衝撃を受ける十兵衛であった。
ということで、
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