さぽろぐ

  映画・TV・音楽  |  その他の都道府県・海外

ログインヘルプ


2019年06月07日

合戦における戦術について⑭第二次月山富田城の合戦

春日山城


皆さんこんばんは。
今回は「合戦における戦術について」シリーズの第14弾ということで「第二次月山富田城の合戦」について書きます。
『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の作家の祖田浩一氏の記事を参考にしています。

参考
第1弾 勝弦峠の合戦
第2弾 戸石城の合戦
第3弾 長森原の合戦
第4弾 三分一原の合戦
第5弾 栃尾城の合戦
第6弾 川中島の合戦
第7弾 箕輪城の合戦
第8弾 三増峠の合戦
第9弾 七尾城の合戦
第10弾 御館の乱
第11弾 郡山城の合戦
第12弾 第一次月山富田城の合戦
第13弾 厳島の合戦

まずはどのような戦だったのかというと


永禄八(1565)年、毛利元就と尼子義久の間で出雲国月山富田城にて行われた戦いです。

永禄五年に石見銀山のある山吹城を落とした毛利勢は尼子氏の本拠地である月山富田城を攻めることを考えます。
宍道湖の北岸に洗合城を築いてそこを拠点に松江の白鹿城を攻めました。

白鹿城を落とした毛利勢はそのまま月山富田城になだれ込みますが、力攻めでは落とせず、結局は兵糧攻めで落城させました。

ちなみに元就の嫡子隆元はこの戦いに合流する直前に急死しています。

というわけで戦術についてですが、まずこの戦いにいたるまでに調略や合戦で尼子氏の戦力をそいであるので、そこに肝がありますかね。

そして本戦ではいつまでも力攻めを続けずに兵糧攻めに切り替えた判断力と、嫡子隆元が急死しても動揺せずに尼子攻めを続けた精神力でしょうかね。

まとめ
・本戦の前に敵の戦力をそいでおく戦略
・状況により戦術を変える判断力
・嫡子を失っても動揺しない精神力

といったところが勝因でしょうか。
今回は以上です!

※画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・毛利 右馬頭(通称は少輔次郎) 大江 朝臣 元就
・尼子 右衛門督(通称は三郎四郎) 源 朝臣 義久
・毛利 大膳大夫(通称は少輔太郎) 大江 朝臣 隆元
☆武家の「通称」の普及を切に願います!



参考
こにるのお城訪問記
よたよた山歩き(仮称)
AOKI SATOSHIのブログ

/
記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「男性の育休取得について」。

//
今期イチオシ曲!ぜひ聞いてください!
TPP Part 6 / nobi & hagecin









パーソナルトレーニング【Global fitness】


書籍ベストセラー
PC周辺機器・パーツ
台所用品



あなたにおススメの記事


follow us in feedly
同じカテゴリー(趣味)の記事画像
合戦における戦術について⑮長浜城の合戦
合戦における戦術について⑬厳島の合戦
合戦における戦術について⑫第一次月山富田城の合戦
元号「令和」について
合戦における戦術について⑪郡山城の合戦
合戦における戦術について⑩御館の乱
同じカテゴリー(趣味)の記事
 合戦における戦術について⑮長浜城の合戦 (2019-06-23 22:00)
 合戦における戦術について⑬厳島の合戦 (2019-05-18 22:00)
 合戦における戦術について⑫第一次月山富田城の合戦 (2019-05-02 20:00)
 元号「令和」について (2019-04-20 20:00)
 合戦における戦術について⑪郡山城の合戦 (2019-04-16 20:00)
 合戦における戦術について⑩御館の乱 (2019-03-31 20:00)

Posted by Sosuke Washiya at 22:00│Comments(0)趣味
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。