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2019年01月26日

合戦における戦術について⑥川中島の合戦

春日山城


皆さんこんばんは。
今回は「合戦における戦術について」シリーズの第6弾ということで「川中島の合戦」について書きます。
『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の澤田ふじ子氏の記事を参考にしています。


参考
第1弾 勝弦峠の合戦
第2弾 戸石城の合戦
第3弾 長森原の合戦
第4弾 三分一原の合戦
第5弾 栃尾城の合戦

まずはどのような戦だったのかというと


一般的には第一次~第五次までの五度の戦があったとされていますが、有名な武田信玄(晴信)と上杉謙信(長尾景虎、上杉政虎、上杉輝虎)との戦いですね。

第一次は天文22(1553)年に武田晴信が北信濃の村上義清を追い詰めて起こった戦いです。
義清に助けを請われ、それを受け入れて北信濃への影響力を守ろうとした長尾景虎が晴信と衝突した戦いですが、本格的な戦いは行われていません。

この戦いによって村上義清の北信濃への影響力がほぼ無力化し、武田晴信が影響を及ぼし始めます。

第二次は天文24(1555)年、北信濃の豪族が武田方へ寝返ったことによって旭山城が武田方へ帰し、それを抑えるべく景虎が葛山城を築城したことで、旭山城への援軍として犀川まで出兵し、川を挟んで長尾軍と対峙しました。

この合戦も大きな戦いは行われませんでしたが、武田家は着実に北信濃への影響力を強めています。

第三次は弘治3(1557)年、葛山城に進出した晴信を抑えるべく景虎が出陣したことによって起こります。
この戦いも晴信と景虎の間には直接的な戦いは行われず、晴信の着実な北信濃侵攻がなされます。

第四次がもっとも有名な戦いですね。
永禄3(1560)年、上杉政虎(長尾景虎が改名)が北条氏を攻めている最中に信玄(武田晴信が改名)が川中島に海津城を築いたことにより、政虎は北信濃にとって返し起こった戦いです。

政虎は海津城を抜いて妻女山に陣を敷きますが、それに対する信玄は千曲川の対岸にある塩崎城に入ったと言われます(諸説あり)。

この状態で塩崎城と海津城で政虎を挟む形となった武田軍ですが、信玄はなぜか海津城に移動します。
ここでかの有名な「啄木鳥戦法」の登場ですね。

武田家の本体は妻女山や海津城に北側の八幡原にあらかじめ陣取っておき、海津城から出発させた別働隊に妻女山を襲わせ、逃走してきたところを八幡原の本体と挟み撃ちにする、という作戦です。

しかし、政虎方はこれを事前に察知し、武田家の別働隊に襲われる前に八幡原目指して北上します。
武田家の本体は目の前にいるはずのない上杉軍が現れたことで面喰らい、多大な損害を受けますが、妻女山を襲おうとした別働隊の合流により持ち直し、上杉方は善光寺に敗走しました。

第五次は永禄7(1564)年に飛騨に進出しようとした信玄を妨害するために上杉輝虎が出兵したことにより起こりますが、こちらも本格的な武力衝突は起こらずに終わっています。

というわけで、戦術についてですが、個々の戦いを取り上げるのはまた別の機会にした方がいいと思うので、全体像について。

こうやって五度の戦の全体像を俯瞰してみると、まるっきり「碁」ですね。

どこの城に味方勢力を置いて、囲まれたら豪族は寝返って、また囲み返して取り返して…みたいな感じです。

そして特に感じるのは両軍の撤退のうまさです。
以前にも書きましたが(三分一原の合戦)、撤退というのは非常に難しいです。

人はいつまでも「もっと戦えばいつか勝てるかも」という希望を捨てられないもので、「これ以上戦っても損害が増えるだけ」という判断をなかなかできません。

さらに、いったん敗走するとなるといち早く逃げ帰りたいと気持ちが焦り、戦略が荒くなります。

そうなると軍勢の秩序は乱れ、追っ手に狩られまくっています。

そう考えると、両軍ともに「やベー、やべー、どうしよう。マジやべー。おれ死ぬかも。マジどうしよう」と動揺する前に冷静に「これ以上戦っても無駄」と判断したことにより冷静に退却しています。

2人とも「戦上手」と呼ばれる所以でもあるでしょうね。

というわけで、この戦いで際立っているのは
・地勢を俯瞰して碁石を打つかのように拠点を攻略する戦局眼
・状勢を冷静に判断し、退却のタイミングを見誤らない判断力

ということになるでしょうか。
改めて考えると勉強になります。

※写真は春日山城です。

今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・武田 大膳大夫(字は太郎) 源 朝臣 晴信(入道信玄)
・長尾(上杉) 平三(官職はのち弾正少弼) 平(藤原) 朝臣 景虎(政虎、輝虎。入道謙信)
・村上 左近衛少将(字不明) 源 朝臣 義清



参考
今日は何の日?徒然日記
KIDの日常
明治・大正名所 探訪記

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記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「古典は必要だ」。

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Posted by Sosuke Washiya at 20:00│Comments(0)趣味
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