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2018年12月25日

合戦における戦術について④三分一原の合戦

春日山城


皆さんこんばんは。
今回は「合戦における戦術について」シリーズの第3弾ということで「三分一原の合戦」について書きます。
『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の花ヶ前盛明氏の記事を参考にしています。


参考
第1弾 勝弦峠の合戦
第2弾 戸石城の合戦
第3弾 長森原の合戦

まずはどのような戦だったのかというと


天文5(1536)年、越後頚城郡の三分一原(さんぶいちはら)にて守護代長尾為景と、守護一族の上条定憲との間に行われた戦いです。

前回の記事を読んでくださった方はわかったと思いますが、上条定憲は長森原の合戦では最初は上杉顕定方だったものの途中で為景方につき、ともに顕定と戦った人物です。
彼は上条上杉家という一族で、越後守護の上杉家とは近い血筋の人物です。

長森原の合戦では一時的に為景に味方したものの、決して為景本人に味方したわけではなく、新越後守護の上杉定実に味方したようです。

そのため、定実が為景と敵対すると定憲も為景と敵対し、この三分一原の合戦となったようです。

仕掛けたのは定憲で、緒戦は定憲方有利に進みますが、柿崎景家の裏切りによって窮地に陥り、結局敗退したようです。

そのため、為景方は積極的に勝利を収めたわけではなく、内応によって勝利を収めたわけですね。

ですから戦略としては結局
・敵方の有力者柿崎景家を内応させた説得力と魅力

ということが勝因となりますね。
いや、分析も何もありません 笑

中身のない記事ですいません 笑

まぁ、歴史としてはこの戦いで越後長尾氏は完全に越後を制覇し、為景は嫡男の晴景に家督を譲り、着々と長尾景虎こと上杉謙信が活躍する土壌が形勢されていったわけです。

※写真は長尾為景の居城春日山城です。

今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・長尾 信濃守(字は六郎、弾正左衛門尉) 平 朝臣 為景
・上条 播磨守(字は弥五郎) 藤原 朝臣 定憲
・上杉 四郎(官職不明) 藤原 (朝臣?) 顕定
・上杉 (官職・字不明) 藤原 (朝臣?) 定実
・柿崎 和泉守(字は弥次郎) (氏不明) 朝臣 景家
・長尾 左衛門尉(字は弥六郎) 平 朝臣 晴景
・上杉(長尾) 弾正少弼(字は平三) 藤原(平) 朝臣 政虎(景虎、輝虎。入道謙信)



参考
新・馬屋古の独り言!
戦国らいふ
hamさんのひとり言。

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記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「恋愛は玉砕してでもした方がいいと思う」。

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Posted by Sosuke Washiya at 20:00│Comments(0)趣味
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