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2018年07月18日

各合戦の動員人数について(12)ディーウ沖の海戦

倶多楽湖


皆さんこんばんは。
今回は「各合戦の動員人数について」シリーズの12回目で「ディーウ沖の海戦」についてです。

今までの記事
第1弾 江古田原沼袋合戦
第2弾 権現山の戦い
第3弾 新井城の戦い
第4弾 第一次国府台の合戦
第5弾 川越城の合戦
第6弾 第二次国府台の合戦
第7弾 ワイアットの乱
第8弾 アルマダの海戦
第9弾 ラヴェンナの戦い
第10弾 チェリニョーラの戦い
第11弾 ホルムズ占領

というわけで、「ディーウ沖の海戦」とはどういう戦いだったのかというと、




1509年にポルトガルとイスラム勢力との間に起きた戦いです。
日本語では「ディウ沖の海戦」とも表記します。

前回の「ホルムズ占領」とも関連しますが、16世紀のポルトガルはヴェネツィア共和国とイスラム勢力に独占された香辛料を安価に手に入れるため、本国と「香辛料諸島」といわれたモルッカ諸島とを結ぶ安全な航路を求めていました。

その途上となったのがインド洋・アラビア海であり、必然的にホルムズや今回のディーウが戦場となったわけです。

当時ディーウはインドのクジャーラ・スルターン朝が支配していましたが、ポルトガルの攻撃を受け、クジャーラ・スルターン朝がオスマン帝国、ヴェネツィア共和国、ラグサ共和国、マムルーク朝、ザモリンに支援を求めました。

数の上では勝っていたクジャーラ・スルターンの同盟側ですが、最新式の船で臨んだポルトガルの前に惨敗を喫し、インド洋の制海権がポルトガルに移りました。
(これが1515年のホルムズ占領にもつながります)

さて、この戦いに参加した人数ですが、

ポルトガル
キャラック船12隻、小型キャラベル船6隻→計1,700人

同盟側
軍艦12隻、小型船80隻(人数不明)

ということで、比べようがありません。
ですので、単純に船の数で計算してみましょう。

ポルトガル→1,700人÷18隻=94人/隻
同盟→94人/隻×92隻=8,648人

となります。
ほんとかよ 笑

というわけで、

ポルトガル:1,700人
同盟:8,648人

ということにしておきましょう 笑

石高換算する意味も感じないくらい小規模な戦いですね。

念のため、日本の海外遠征の基準としている文禄の役の参加人数を書いておきます。

日本軍:158,700人
朝鮮・明軍:247,400人

やはり、当時のポルトガルの動員兵力では日本征服は無理そうです。

※写真はイメージです。

参考
ポルトガルの覇権について
るいネット

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記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「プライベートを犠牲にしてまで働く必要はない」。

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Posted by Sosuke Washiya at 19:00│Comments(0)趣味
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