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2021年08月03日

『青天を衝け』第18回―天狗党の乱について

筑波山
《令和5年12月22日更新》

皆さんこんばんは。
今回は令和3年の大河ドラマ『青天を衝け』第18回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。

大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名をのせています。

【『青天を衝け』の楽しみ方】
・第1回―渋沢家について ・第2回―身分秩序について
・第3回―平岡家について ・第4回―阿部家について
・第5回―藤田家について ・第6回―美賀君の血筋
・第7回―井伊家について ・第8回―岩瀬忠震の出自
・第9回―安政頃の西郷吉之助 ・第10回―安藤信正について
・第11回―高崎城について・第12回―一橋徳川家について
・第13回―越前松平家について・第14回―島津家について
・第15回―三島家について ・第16回―池田屋事件について
・第17回―武田耕雲斎について


まずはあらすじ。



第18回のあらすじ


元治(げんじ)元年(1864年)、京(きょう)へ向かい北陸道(ほくりくどう)を進軍していた武田耕雲斎(津田寛治)、藤田小四郎信(藤原季節)ら天狗党(てんぐとう)貧窮にあえいでいた。

渋沢篤太夫美雄(吉沢亮)は、従兄の成一郎英明(高良健吾)とともに集めた兵を率いて越前・敦賀(えちぜん・つるが)に向かった。
天狗党を討伐するためであった。

成一郎は、篤太夫に先んじて耕雲斎らに会い、一橋権中納言慶喜(草彅剛)からの密書(みっしょ)を手渡す。

主君に等しい慶喜の心情を慮った耕雲斎は、幕府軍に降伏することとした。

天狗党征討総督(せいとうそうとく)・田沼玄蕃頭意尊(田中美央)と会見した慶喜は、水戸(みと)藩の関係者である縁で耕雲斎らの身柄を引き受けたいと申し出るが、玄蕃頭は「公平な処置をする」と拒否。

耕雲斎ら天狗党の志士は捕らえられて衛生環境が劣悪なニシン倉に押し込められ、352人が斬首された。

篤太夫はこの一件を踏まえ、一橋(ひとつばし)家に独自の兵力が必要だと考え、それを慶喜に申し出た。

申し出は許可され、篤太夫は備中(びっちゅう)の一橋領に向かった。

地元の百姓らと生活を共にし、信頼を得た篤太夫は苦労しながらも募兵(ぼへい)に成功するのであった。

明けて慶応(けいおう)元年(1865年)、幕府(ばくふ)では二度目の長州征討(ちょうしゅうせいとう)が決定し、将軍家・徳川右大臣家茂(磯村勇斗)は大坂(おおさか)城へと出発した。

ということで、


第18回「一橋の懐」の感想


武田耕雲斎や藤田小四郎の末路はほんとに辛かったですね。

特に武田耕雲斎は、積極的に天狗党に参加したわけではなく、藤田小四郎に同情して天狗党に参加していることで無念も一入(ひとしお)でした。

武田耕雲について知りたい方は、下記リンクをタップしてください:
『青天を衝け』第17回―武田耕雲斎について

twitterでの感想を見てみると、田沼玄蕃頭の天狗党への仕打ちはあんまりだという声がちらほらありますね。

しかしですね。
天狗党が実際にどんなことを仕出かしたかを考えると、田沼のやり口は強(あなが)ち鬼の所業というわけでもないんですよね。

ニシン倉に入れられたり処刑されたりしたのは、実際に「仕出かした」人たちではなかったかもしれないのですが、よその人間から見たら同じ「天狗党」です。

まぁ、詳しくは後述します。

そして、篤太夫の備中でのサクセスストーリーは気分がよかったですね。

やはり、主人公が強かったり知恵があったりして出世の階段を上っていく話が楽しいですね。

くよくよ悩んで、しまいには家が滅亡してしまう話はちっとも面白くありませんw
※あくまで筆者個人の感想ですw



それと、備中の代官が取ったような態度って、実は結構現実でもありますね。

一橋家を会社に例えて話をします。

村を支店、篤太夫のいる一橋家の本体を会社の本部とします。

本部の人とかコンサル会社の人とかが急に支店に来て、改革をしようとするんですね。
※大河では改革ではなく募兵でしたが。

自分が元々その支店にいる人間の立場だとすると、よその人間が来ていろいろ引っかき回されるのは嫌ですよね。

厄介で面倒ですよね。


「コンサル」の登場する記事:
石山合戦から学ぶ―「理念」のもつパワー

同関連記事:
耳川の合戦ー諍臣を愛せ


ちなみに、大抵の本部の人やコンサル会社の人は的外れなことをやるのですが、たまに篤太夫のようにすごい人がいますね。

そういう人は、大抵はまずは何も言わずに黙々と且つ笑顔で作業をして、社内の人間とラポールを築くことから始めている気がします。

内部に溶け込んで初めて指示、ではなくアイディアという形で改革を進めます。

「まずは溶け込む」って辺りは、まるで篤太夫がやったようなやり方ですねw




第18回の楽しみ方―天狗党の乱について―


あまりに悲惨なためか、ドラマでは天狗党の乱についてはあまり詳しく描かれていなかったので、捕捉をしたいと思います。

天狗党の大元は文政(ぶんせい)12年(1829年)にさかのぼります。

第9代水戸藩主・徳川権中納言斉昭〔烈公〕の藩主就任に尽力した藤田東湖、会沢正志斎らが、烈公(れっこう)反対派の人々から「偉ぶっている」と評されたことから「天狗党」の名がついたと言われています。
※天狗倶楽部(てんぶくらぶ)とは関係ないのであしからず。いや、そんなのわかってますよねw


関連記事:
『青天を衝け』第5回―藤田家について

「天狗倶楽部」への言及のある記事:
『いだてん』、問題なく面白いと思う(第6回)


「天狗党」は穏健派や過激派、地域ごとの派閥などに分かれたため一枚岩ではなかったようです。

そんな中、会沢らの穏健派に反発した過激派の一部が脱藩し、安政7年(1860年)に起こした事件が「桜田門外(さくらだもんがい)の変」でした。
※天狗党の過激派は坂下門外(さかしたもんがい)の変にも関わっていたようです。


桜田門外の変の頃の記事:
『青天を衝け』第9回―安政頃の西郷吉之助

坂下門外の変の頃の記事:
『青天を衝け』第10回―安藤信正について


その後、武田耕雲斎や藤田小四郎らが天狗党の中心人物となっていきますが、文久(ぶんきゅう)3年(1863年)の八月十八日の政変(はちがつじゅうはちにちのせいへん)等によって、天狗党の主張のよりどころであった攘夷(じょうい)勢力は後退していきます。

そういった不利な時勢の中、小四郎は各地で味方を募り資金集めをしました。
耕雲斎は決起・挙兵することには反対だったようです。

小四郎は元治元年(1864年)3月、筑波山(つくばさん)にてついに挙兵。
横浜港(よこはまこう)の鎖港(さこう)実施を幕府に迫りました。

天狗党の軍勢は一気に膨れ上がり、700人もの人数が集まりました。

人数が集まれば集まるほど軍勢は力を増しますが、あまりに急速に増えたことで問題が起こりました。

食糧や軍資金の不足です。

これを解決するために天狗党が取った手段が最悪でした。

道中の村や町の商人や豪農を恫喝して金品を強奪し、時には放火・殺害なども行ったのです。

中でも田中愿蔵の部隊が最もひどい所業を行いました。

愿蔵は栃木宿(とちぎのしゅく)で、通りがかった町人を殺害。

周辺の家に押し入って金品を強奪、放火し、火を消そうとした町人を殺害。

この火事で237戸が焼失したと言います。

そんな中、水戸藩内での反天狗党ともいえる諸生党(しょせいとう)が勢力を伸ばし、水戸で天狗党に参加した者の家に放火し家族を殺害しました。

それを聞き、水戸に戻った天狗党は諸生党と交戦しますが敗退。

これを機に、各地で天狗党にひどい目に遭わされた庶民が武装・団結して天狗党に襲いかかりました。

諸生党は武田耕雲斎を失脚させ、藩政の実権を握り、藩主・徳川慶篤(一橋権中納言の兄)の意思を無視する動きをし始めました。

慶篤は、藩主家の支流の松平大炊頭頼徳と耕雲斎を水戸に向かわせ、乱の鎮静化を図ります。

しかし、諸生党は大炊頭らの入城を拒絶。
戦闘状態に入ります。

大炊頭らが諸生党と戦う様子を見た天狗党は、大炊頭らに加勢します。

そんな中、田沼玄蕃頭率いる幕府軍が笠間(かさま)に到着し、なんと諸生党方として参戦。

幕府・諸生党連合軍 vs 松平大炊頭・武田耕雲斎・天狗党連合軍

という不思議な構図となります。

松平大炊頭や武田耕雲斎は、望まずして幕府に弓を引く形となったのです。
※のち、大炊頭は幕府に弓を引いた罪で切腹させられています。また、この戦いで田中愿蔵は討ち死にしています。

この戦いで耕雲斎や天狗党は大敗し散り散りになりますが、なんとか再結集したタイミングで武田耕雲斎は天狗党の首領となりました。

耕雲斎は乱の鎮静化を図ったはずが、成り行きで幕府と対立し、天狗党の首領となってしまったのです。

その後の、北陸道を通り京を目指した耕雲斎と藤田小四郎率いる天狗党の末路は、ドラマで描かれた通りです。

また、田沼玄蕃頭が天狗党に対して斬首やニシン倉への監禁という残酷な刑罰を執行した背景には、乱当初に天狗党が行った略奪・殺人・放火などがありました。

まさに玄蕃にしてみれば「公平」な裁きを行ったということになるようです。

天狗党も諸生党も、ちょっとしたことで感情的になり過激な行動に出ることが仇(あだ)となり、長い日本の歴史の中でも指折りの惨劇を招くこととなってしまいました。

松平大炊頭も、武田耕雲斎も、あまりに理不尽な最期を遂げました。

失敗を恐れず行動することはとても重要ですが、その動機が怒りなどの負の衝動ではいけません。

必ず一呼吸措き、冷静で冷淡な自分の声を聴き、人を傷つけない方法で事を為したいものです。

こんな感じで、ドラマの背景にある知識が分かるとドラマをもっと楽しめます!

最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・武田〔跡部〕 伊賀守〔通称は彦九郎〕 源 朝臣 正生〔号耕雲斎〕
たけだ〔あとべ〕 いがのかみ〔通称はひこくろう〕 みなもと の あそん まさなり?〔号こううんさい〕
・藤田 小四郎 小野 信
ふじた こしろう おの の まこと
・渋沢 篤太夫〔栄一、栄二郎、栄一郎〕 源 美雄
しぶさわ とくだゆう〔えいいち、えいじろう、えいいちろう〕 みなもと の よしお
・渋沢 成一郎〔喜作〕 源 英明
しぶさわ せいいちろう〔きさく〕 みなもと の ひであき
・(一橋)徳川〔松平〕 権中納言〔幼名は七郎麻呂〕 源 朝臣 慶喜〔昭到〕
(ひとつばし)とくがわ〔まつだいら〕 ごんのちゅうなごん〔幼名はしちろうまろ〕 みなもと の あそん よしのぶ〔あきむね〕
・田沼 玄蕃頭〔幼名は金弥〕 藤原〔源〕 朝臣 意尊
たぬま げんばのかみ〔幼名はきんや〕 ふじわら〔みなもと〕 の あそん おきたか
・征夷大将軍〔将軍家〕 徳川 右大臣〔通称不明〕 源 朝臣 家茂〔慶福〕
せいいたいしょうぐん〔しょうぐんけ〕 とくがわ うだいじん〔通称不明〕 みなもと の あそん いえもち〔よしとみ〕
・(水戸)徳川〔松平〕 権中納言〔通称は敬三郎〕 源 朝臣 斉昭〔紀教〕
(みと)とくがわ〔まつだいら〕 ごんのちゅうなごん〔通称はけいさぶろう〕 みなもと の あそん なりあき〔としのり〕
・藤田 虎之助〔虎之介、武次郎、誠之進〕 小野? 彪〔号東湖、梅庵〕
ふじた とらのすけ〔とらのすけ、たけじろう、せいのしん?〕 おの? の たけき〔号とうこ、ばいあん〕
・会沢 恒蔵 藤原? 安〔号正志斎〕
あいざわ こうぞう ふじわら? の やすし〔号せいしさい〕
・田中 愿蔵 (氏不明) (諱不明)
たなか げんぞう (氏不明) (諱不明)
・徳川 (官職・通称不明。幼名は鶴千代麿) 源 慶篤
とくがわ (官職・通称不明。幼名はつるちよまろ) みなもと の よしあつ
・松平 大炊頭(〔幼名は豊太郎〕 源 朝臣 頼徳
まつだいら おおいのかみ〔幼名はとよたろう〕 みなもと の あそん よりのり
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

参考
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次回は『青天を衝け』第19回について。

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※筆者が中学生の時に作詞・高校生の時に作曲した曲を平成22年に自作RPGのBGM用に再アレンジしたものです。









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Posted by 鷲谷 城州 at 20:00│Comments(2)テレビ
この記事へのコメント
こんにちは
天狗党事件、大河ドラマで描けるギリギリまで放送していましたね。
ミイラ取りがミイラになってしまった武田耕雲斎が哀れです。
天狗党メンバー、特に藤田小四郎と懇意だった渋沢栄一は、天狗党の顕彰碑を建てていますし、武田耕雲斎は靖国神社に合祀されているのも、何か明治政府の意図を感じますね。

武田耕雲斎演じた津田寛治さんが、似てるし、また演技も素晴らしかったです。
Posted by ゆーくんまま at 2021年08月14日 11:42
ゆーくんままさん、こんにちは。

武田耕雲斎は本当に哀れでした。

そして津田寛治さんは熱演でしたね。
今までもちらほら大河を観ていて気になってはいたのですが、今回の武田耕雲斎で感服しましたw

靖国神社に合祀されているのは何となく知ってはいたのですが、今まではあまり意識していませんでした。

今度遊就館に行った時にはこの頃についての展示を意識してみようと思います!
Posted by 鷲谷 城州 at 2021年08月14日 14:49
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