さぽろぐ

  映画・TV・音楽  |  その他の都道府県・海外

ログインヘルプ


2019年09月11日

ビジネスに活かす戦国合戦術②耳川の合戦

春日山城


皆さんこんばんは。
今回は新シリーズ「ビジネスに活かす戦国合戦術」第2弾として「耳川の合戦」について書きます。

第1回 今山の合戦

『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の小石房子氏の記事をベースに他ブログさんの記事などを参考にさせていただいております(下記)。

ということで、


どういう合戦かというと、天正6(1578)年に日向の高城(現在の宮崎県児湯郡木城町)から耳川(同日向市)にかけて大友義鎮と島津義久の間に行われた合戦です。

合戦前夜の事情としては、戦国時代に南日向を支配した伊東義祐は島津氏の猛攻に次第に圧迫され、天正5(1577)年に大敗して豊後に敗走します。

大友義鎮は伊東氏と縁戚関係にあったこともあり、義祐の要請を受け、日向へ出陣します。
北日向の土持氏を降した義鎮は軍をそのまま南下させ、島津家の拠点高城攻略を目指します。

ここからが今回のテーマ「耳川の合戦」です。

義鎮は田原親賢(紹忍)に2万の兵を預けて高城攻めを命じます。
一方の高城の島津勢は山田有信と島津家久の兵3,000。

そのうちに大友勢に援軍が到着して総勢6万(5万という説もあり)。
島津勢にも援軍として当主義久やのちの惟新入道島津義弘も到着して義久は根白坂に陣取り、義弘は近くの財部城に入り、総勢5万。

戦場には11万の兵がおり、大合戦が予想されるも、義弘は小勢を大友方の佐伯惟教(宗天)と田原親賢の間に配置し、佐伯惟教に奇襲をかけます。
義弘の本隊もこの奇襲に加わり大友方は大敗します。

これにより退却へ決しかけた大友方ですが、一人田北鎮周のみ抗戦を主張し、勝手に出陣してしまいます。
佐伯惟教は退却派でしたが、状況的に戦うしかなくなり、鎮周と惟教の部隊は島津家の「釣り野伏」にやられて壊滅。

残兵は北を目指し敗走しますが、島津家は大友家の勢力圏との境である耳川まで追撃を続け、大友家は多くの犠牲を出しながら耳川を渡りました。

合戦の流れとしてはこんな感じですが、今回は「勝因」というよりも、大友勢が勝手に負けた感じですね。

強いて勝因を挙げれば
・碁石を並べるように部隊を配置していった俯瞰力
・冷静に状況を見て「奇襲」や「釣り野伏」などの作戦を選択した判断力

とかになりますが、今回は大友勢の敗因にフォーカスしましょう。

大友家の敗因は
・総大将である大友義鎮不在による指揮の低さ、判断力の弱さ

ですね。

結局のところ、義鎮が戦場にいなかったことで大友勢は士気が奮わず、なおかつ緒戦で負けたときにも「殿にご意向をうかがう」という理由で退却に決定したのですが、田北鎮周はそれに納得できなかったんですね。
義鎮がいたら違ったと思います。

で、肝心の義鎮は何をやっていたかというと、土持氏から奪い取った日向無鹿にて神社仏閣を焼き払い、キリスト教の理想郷を作ろうとしていたんです。

実はこの行動も家臣たちの反発を買っておりまして、それも士気低下の要因だったりもします。

だから、この大友義鎮の行動をビジネスになぞらえると、
・社長の理想と社員の気持ちの乖離による士気の低下
ですかね。

これ、日常的に結構起こってますよね。
社長は仕事の前線を知らないので本で読んだりコンサルタントの無責任な助言をもとに机上の空論を標榜するわけですね。
社長の一言ですから、社員は「それは空論です」という反論ができない。したとしても社長に強引に押されたら誰も逆らえません。

そして、社長も一応それが何で必要なのか説明するのですが、あまりに前線の現実と乖離しすぎていて社員は誰も聞いちゃいない。
理解する気もない。

で、社員が無理解であるのに社長は強引に空論を推し進めるのですが、社員はやる気がないのですから当然いい結果は出ない。
こうやって社長のワンマン経営の中小企業は敗戦を重ねていくわけですね笑

だから教訓としては、今回は社長目線ですが、
・思いついた経営戦略が実情に合っているのか、現実的なのかをきちんと検証する。
・自分の戦略に率直な意見を述べられるようなブレーンを作る

ということになりますかね。
人は皆他人に反対意見を言われるのが嫌いですから、口うるさいブレーンを置くのを嫌がります。

しかし、それが衰退の始まりです。
人としてもね。

今回は以上です!

※画像はイメージです。

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・大友 左衛門督(通称は新太郎) 藤原(源) 朝臣 義鎮(宗麟)
・島津 修理大夫(通称は三郎左衛門尉) 惟宗(源) 朝臣 義久(龍伯)
・伊東 大膳大夫(通称は六郎五郎) 藤原 朝臣 義祐
・田原 近江守(通称不明) 藤原(源) 朝臣 親賢(紹忍)
・山田 越前守(通称は新介・新助) 平 朝臣 有信
・島津 中務大輔(通称は又七郎) 惟宗(源) 朝臣 家久
・島津 兵庫頭(通称は又四郎) 惟宗(源) 朝臣 義弘(惟新)
・佐伯 紀伊守(通称は太郎) 大神 朝臣 惟教(宗天)
・田北 相模守(通称は弥十郎) 藤原(源) 朝臣 鎮周
☆武家の「通称」の普及を切に願います!



参考
お城散歩
しばやんの日々
まーりたんの暮らし探訪記

/
記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「仕事はすべてまともにやろうとすると絶対に終わらない」。

//
今期イチオシ曲!ぜひ聞いてください!
TPP Part 4 / nobi & hagecin









パーソナルトレーニング【Global fitness】


書籍ベストセラー
PC周辺機器・パーツ
台所用品



あなたにおススメの記事


follow us in feedly
同じカテゴリー(趣味)の記事画像
ビジネスに活かす戦国合戦術④小豆坂の合戦
ビジネスに活かす戦国合戦術③沖田畷の合戦
ビジネスに活かす戦国合戦術①今山の合戦
合戦における戦術について⑱総括
合戦における戦術について⑰四万十川の合戦
合戦における戦術について⑯安芸城の合戦
同じカテゴリー(趣味)の記事
 ビジネスに活かす戦国合戦術④小豆坂の合戦 (2019-10-13 22:00)
 ビジネスに活かす戦国合戦術③沖田畷の合戦 (2019-09-27 22:00)
 ビジネスに活かす戦国合戦術①今山の合戦 (2019-08-26 22:00)
 合戦における戦術について⑱総括 (2019-08-10 22:00)
 合戦における戦術について⑰四万十川の合戦 (2019-07-25 19:00)
 合戦における戦術について⑯安芸城の合戦 (2019-07-09 22:00)

Posted by Sosuke Washiya at 22:00│Comments(0)趣味
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。