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2020年02月14日

鶴岡八幡宮の楽しさは〇〇である!(1)

太鼓橋


皆さんこんばんは。
今回は断続的に続いている「鎌倉旅行シリーズ」の第5弾で、「鶴岡八幡宮」について語ります!

【今までの記事】
鎌倉ですごい神社を見つけた!(甘縄神明神社)
3年前の小町通り(1)
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日本有数の観光地である鎌倉ですが、その魅力とは何なのかについて語りたいと思います。

とりあえず有名だから行ってみたけど、人は多いしなんだかよくわからない建物ばかりだし、階段は急だしよくわからない!という人のために楽しみ方を説明したいと思います。


<知れば楽しい鎌倉の魅力>


結局は「麒麟がくる」で解説したことと同じ結論に達するのですが、世の中のいろいろなことは「知らないから楽しくない。
つまり、「知れば楽しい」んですね。

旅行に行く前にいろいろと調べておけばいいのですが、それも面倒臭い。

そういう方のために僕が注目した場所について解説していきます

<鎌倉御家人たちの権力争いの跡―太鼓橋―>


というわけでトップ写真についてです。
この写真、鶴岡八幡宮入口のただの雑踏を写しているだけのようなんですが、実は違うんですよ笑

中央部分のグレーの橋、「太鼓橋」を写しています。

何も知らないとただの橋なんですが、この橋は右近衛大将(うこのえのだいしょう。略称:武衛(ぶえい))源頼朝の御家人である和田義盛最期の地と言われています。

和田義盛って誰だ?という話ですが、彼は桓武平氏三浦氏族という一族で武衛頼朝の(伊勢)平氏討伐に早くから味方をした人物です。官職名は左衛門尉(さえもんのじょう)です。

寿永4(1180)年に武衛頼朝が伊豆で挙兵した直後に参加しているので、ずいぶんな忠臣です。
治承・寿永の乱(いわゆる「源平合戦」)のときは武衛の弟三河守範頼を支えて九州にわたっています。
その時、のちの執権北条右京権大夫(うきょうごんのだいぶ。略称:右京兆(うけいちょう))義時や、足利上総介義兼(子孫は室町将軍家です)らとともに活躍しています。

鎌倉幕府成立後には侍所別当(現代の役職に置き換えるのは難しいのですが、軍隊のトップ的な役職ですかね)として活躍します。

その後、右京兆義時との権力争いの結果、右京兆の策謀により反乱を起こすまでに追い込まれました。

建暦3(1213)年、一族を率いて「和田合戦」という反乱を起こしてしまいます。
(一説にはこれは義時の策謀ではなく、能動的に反乱を起こそうとしていた、という話もありますが)

「和田合戦」は最終的には鎌倉での市街戦となり、左衛門尉はこの太鼓橋で討ち取られました。
(参考記事:鎌倉手帳(寺社散策)

※和田左衛門尉の子孫
・佐久間右衛門尉(うえもんのじょう)信盛
・佐久間玄蕃允(げんばのじょう)盛政
(織田信長家臣)
佐久間象山(女系。幕末の偉人)

<静御前の舞―舞殿―>


舞殿(遠景)

こちらは本宮へ向かう石段の下にある「舞殿」と呼ばれる建物です。
(参考:鶴岡八幡宮施設案内

割と有名な話ですが、伊予守(略称:豫州(よしゅう))源義経の妾であった静御前が舞った場所と言われています。

実際には静はこの「舞殿」で舞ったわけではなく、舞殿が建てられる以前にこの場所にあった回廊にて舞ったとされています。

この建物自体は鎌倉大火のあと、建久4年(1193)年に建てられたものです。

静御前の話はどういった話かというと、平家滅亡の直後の文治元(1185)年にさかのぼります。

平家滅亡後、豫州は平家との合戦中の態度がよくなかったことや朝廷から武衛の許可を得ずに官位をもらったことによって武衛の怒りを買い、追われる身となります。

静は途中まで豫州に同行しますが、先を心配した豫州は静と別れ、静は京に向かう途中に武衛方にとらわれてしまいます。

舞殿
その後文治2年、鎌倉にて武衛の請いによって舞ったのがこの場所と言われています。

静はこの時豫州を想う唄を唄ったと言われています。

その頃静は豫州の子を身ごもっていましたが、その子は生まれたあと武衛の命令によって由比ヶ浜に沈められてしまい、静は京で失意のまま亡くなったとされています。
(参考:鶴岡八幡宮-御朱印

(そんなはかない恋物語の主人公である静御前ですが、上に「妾」と書いている通り豫州の正室ではありません。要するに「愛人」です笑)

<歴史的建物にはエピソードがある>


こんな感じで、歴史的な建物にはほぼ必ずそれにまつわるエピソードがあります。

それを掘り下げて知識を得ると感慨深くもなり、普段は一瞥して終わる場所に5分でも10分でもいられるようになります。

ちなみに今回ご紹介した「舞殿」では結婚式をすることが可能で、確か上の写真を撮った直前か直後にも結婚式をやっていて、少し羨ましかった記憶があります。
(由緒ある鶴岡八幡で結婚式を挙げられるというのはうらやましい!笑)

今回は以上です!

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・和田 左衛門尉(通称は小太郎) 平 朝臣 義盛
・征夷大将軍 右近衛大将(通称は三郎) 源 朝臣 頼朝
・三河守(通称は蒲冠者(かばのかじゃ)、蒲殿(かばどの)) 源 朝臣 範頼
・北条 右京権大夫 平 朝臣 義時
・足利 上総介 源 朝臣 義兼
・佐久間 玄蕃允 平 朝臣 盛政
・佐久間 右衛門尉 平 朝臣 信盛
・佐久間 修理 平 国忠(象山)
・伊予守(通称は九郎判官(くろうほうがん)) 源 朝臣 義経
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

鶴岡八幡宮のことをもっと知りたいと思ったら下記リンクで深掘りしてみてください!



モッピー!お金がたまるポイントサイト

参考
車椅子での観光ガイドという観点が面白いです!
車椅子で行く神社仏閣・パワースポットの旅
鶴岡八幡宮で結婚式とは羨ましいです!
家と子供と、今日のおじさん(仮)
鎌倉コラージュ。

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記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「ビジネスに活かす戦国合戦術⑫三方ヶ原の合戦」。

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Posted by Sosuke Washiya at 22:00│Comments(0)レジャー
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