さぽろぐ

  映画・TV・音楽  |  その他の都道府県・海外

ログインヘルプ


2020年01月29日

平和への願いとともに生まれた徳川家康(山岡荘八『徳川家康』第1巻)

山岡荘八『徳川家康』第1巻


皆さんこんばんは。
今回は山岡荘八氏の大作『徳川家康』(全26巻)の黎明である第1巻「出生乱離の巻」のご紹介です。

個人的にはこの『徳川家康』は祖母が愛読していたということで、いつか読もうと思っていた作品でした。

読み始めたのは先の平成24年。今から8年前です。

他の本に浮気しつつも全26巻を最初に読み終えたのが、2年後の平成26年ごろだったと思います。

直後に2回目を読み始め、それが終わったのがまた2年後の平成28年ごろ。
またすぐに3回目を読み始めて今は23巻を読んでいるところです。

徳川家康というと、「織田信長と豊臣秀吉が作り上げた天下統一の功績を、関ヶ原の戦いと大坂の陣で豊臣家を滅ぼしてかっさらった」みたいな言われ方をしていますが、僕はそれを払しょくしたい!

この小説は全26巻あるので非常にハードルが高いのですが、この小説さえ読んでいただければ、家康のそういった「古狸」的なイメージは払しょくできると信じているのです。

では、第1巻のレビューをどうぞ!


<徳川家康出生前夜>


物語は徳川家康の出生前から始まります。
天文10(1541)年三河岡崎の戦国大名松平氏は尾張の織田氏、駿河の今川氏に挟まれて存続が危うい状況でした。

一時三河一国を席捲した松平次郎三郎清康は、尾張の守山にて織田弾正忠(だんじょうのじょう)信秀(信長の父)の計略によって自分の家臣によって暗殺されます

松平家の跡を継いだ次郎三郎広忠は幼少で、一族の裏切りにより一時伊勢国に逃れます。

のち東条吉良左兵衛佐(さひょうえのすけ)持広の援助によって三河岡崎に復帰しますが、松平一族は相変わらずバラバラでした。
東は織田弾正忠信秀、西は今川治部大輔(じぶのたゆう)義元の圧力にさらされていました

<於大の方の輿入れ>


当時の武家の結婚は恋愛結婚などほとんどなく、政略結婚と呼ばれる政治的な意味をもった結婚でした。

徳川家康の母於大(おだい)の方の輿入れも例外でなく、政治的な狙いをもった結婚でした。

於大の方の父水野右衛門大夫(うえもんのだいぶ)忠政は三河刈谷城の城主でしたが、刈谷のすぐ西は尾張。織田弾正忠の勢力圏でした。

右衛門大夫は弾正忠に協力することで命脈を保っていましたが、水野家と松平家は松平清康の代から対立している重代の敵でした。

しかし、右衛門大夫は娘の於大を松平広忠に嫁がせることでその争いを終えようと考えます

於大の方は敵地に嫁ぐので、その輿入れは大変なものでした。
輿入れに反対する勢力にいつ襲われるかわからない。

松平家の家臣である阿部大蔵定吉、酒井雅楽助(うたのすけ)政家(正親)、鳥居伊賀守(いがのかみ)忠吉、大久保新八郎忠俊ら三兄弟などの活躍により、無事輿入れをします

徳川家康は危うい状況の中生まれ出たのでした。

<生母於大との離別>


天文12(1543)年水野右衛門大夫は死に、跡を継いだ下野守(しもつけのかみ)信元は妹於大の方が松平家に嫁いだことを快く思っていませんでした。

松平家は今川家に従っていましたが、下野守としては今川家と絶縁して織田弾正忠に従いたかったわけです。

その点では於大が松平家に嫁いでいることはマイナス要因となっていました。

翌天文13年、下野守はその考えを実行に移し、今川治部大輔と絶縁しました。
そのことによって、松平家は今川家に筋を通すために水野家出身である於大の方を離縁することにしました。

徳川家康、数え年3歳のときのことでした。

第1巻は、この後松平広忠が今川家側で三河田原の領主である戸田弾正少弼(だんじょうのしょうひつ)康光の娘真喜姫を後室として迎えるところで終わっています。
(以前言及した「小豆坂の合戦」がこの巻で描かれています)

<山岡荘八氏作品の何が素晴らしいか>


どの作家さんもそうかもしれませんが、山岡荘八氏の素晴らしいところは『徳川家康』によって伝えたいメッセージに筋金が入っていることですかね。

山岡荘八氏は戦争を体験しています
日中戦争・太平洋戦争ですね。

そのため、戦争の悲惨さ、平和の大切さをよく知っていたわけです。

そんな彼が『徳川家康』を書くことで読者に伝えたかったのはやはり「平和への願い」でした。

この第1巻に描かれたのは家康の母於大の輿入れと家康の誕生です。

上でも述べましたが、松平広忠と於大の方の結婚は水野氏と松平氏の積年の対立を終わらせること、つまり西三河に平和をもたらすことが目的でした。

水野氏が代替わりしたことでその願いははかなく終わりましたが、徳川家康は、こういった人々の平和への願いによって生まれたという背景がありました。

この物語のテーマがここで強く印象付けられています。

この作品のすばらしさはその一点だと思います。

歴史小説(これは「時代小説」ではなく「歴史小説」です)としては物語的要素が少なくドキュメント的に淡々と描かれているために、非常に読みにくいという意見もあります。

しかし僕は、山岡荘八氏のこの「願い」に心を打たれました

それはそのまま徳川家康の願いとして描かれています。

徳川家康は実際に天下を統一しました。
豊太閤(豊臣秀吉)が死んで乱世に戻りそうになったとき、関ヶ原の戦いで反乱分子を一掃して乱世回帰を防ぎました

主に戦を知らない世代が大坂城にこもって世の中を混乱に陥れそうになったとき、大阪の役として豊臣家を攻めることで乱世回帰を防ぎました

僕は、世の中の人にこの山岡荘八氏の願い、徳川家康の願いを伝えたいと思っています。

正直全26巻を読むのは根性がいると思うのですが、ぜひ多くの人に読んでいただきたい作品です!

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・徳川 太政大臣(通称は次郎三郎) 源 朝臣 家康
・織田 右大臣(通称は三郎) 平(藤原、忌部) 朝臣 信長
・羽柴 太政大臣(通称は藤吉郎) 豊臣 朝臣 秀吉
・松平 次郎三郎 源 清康
・織田 弾正忠(通称は三郎) 藤原(忌部) 朝臣 信秀
・松平 次郎三郎 源 広忠
・東条吉良 左兵衛佐(通称不明) 源 朝臣 持広
・今川 治部大輔(通称不明) 源 朝臣 義元
・水野 右衛門大夫(通称は藤七郎) 源 朝臣 忠政
・阿部 大蔵 阿部 定吉
・酒井 雅楽助(通称不明) 源 朝臣 正親(政家)
・鳥居 伊賀守(通称不明) 平 朝臣 忠吉
・大久保 新八郎 藤原 忠俊
・水野 下野守(通称は藤四郎、藤七郎(劇中では藤五郎)) 源 朝臣 信元
・戸田 弾正少弼(通称不明) 源 朝臣 康光
☆武家の「通称」の普及を切に願います!



モッピー!お金がたまるポイントサイト

参考
家康の足跡 IN 東海

/
記事を読んでいただき、ありがとうございました!他の記事もぜひご覧下さい。
次回は「ビジネスに活かす戦国合戦術⑪一言坂の合戦」。

//
今期イチオシ曲!ぜひ聞いてください!
Spiritual World / Sosuke Washiya









パーソナルトレーニング【Global fitness】


書籍ベストセラー
PC周辺機器・パーツ
台所用品



あなたにおススメの記事


follow us in feedly
同じカテゴリー()の記事画像
武士道を追究したい人はコレ!!津本陽『名臣伝』
司馬遼太郎『関ヶ原』下
司馬遼太郎『関ヶ原』中
子どものころ読んでいた本
乙一『The Book』
澤田秀雄『思う、動く、叶う! 限界を突破するエネルギー』
同じカテゴリー()の記事
 武士道を追究したい人はコレ!!津本陽『名臣伝』 (2019-11-10 22:00)
 司馬遼太郎『関ヶ原』下 (2019-08-22 22:00)
 司馬遼太郎『関ヶ原』中 (2019-06-03 22:00)
 子どものころ読んでいた本 (2018-02-20 19:00)
 司馬遼太郎『関ヶ原』上 (2016-02-01 14:25)
 夏目漱石『文学評論』 (2009-12-10 23:17)

Posted by Sosuke Washiya at 22:00│Comments(0)
※このブログではブログの持ち主が承認した後、コメントが反映される設定です。
上の画像に書かれている文字を入力して下さい
 
<ご注意>
書き込まれた内容は公開され、ブログの持ち主だけが削除できます。