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2021年01月27日

小牧長久手の戦いに学ぶ―勝ちすぎてはいけない

小牧山城


皆さんこんばんは。
今回は「ビジネスに活かす戦国合戦術」第38弾として、「小牧長久手の戦い」について、ビジネス的視点で学んでいこうと思います。

【ビジネスに活かす戦国合戦術シリーズの過去記事(抜粋)】
第1回 今山の合戦 第5回 長良川の合戦
第6回 桶狭間の合戦 第8回 金ヶ崎城の合戦
第10回 二俣城の合戦 第11回 一言坂の合戦
第12回 三方ヶ原の合戦 第13回 野田城の合戦
第14回 叡山焼き討ち 第18回 長篠の合戦
第22回 江古田原沼袋の戦い 第24回 権現山の戦い
第26回 石山合戦 第29回 第一次国府台の戦い
第30回 上月城の戦い 第31回 河越城の戦い
第32回 三木合戦 第34回 備中高松城の戦い
第35回 本能寺の変 第37回 賤ケ岳の戦い


※『歴史と旅』増刊「日本合戦総覧(昭和63年1/10臨時増刊、秋田書店)」の今野信雄氏の記事をベースに他ブログさんの記事などを参考にさせていただいております(下記)。

仕事や恋愛がうまくいくと、これからもずっとうまくいくのではないかという気持ちになりますよね。

気が大きくなり、普段だったらやらないような大胆な行動に出てしまったりします。

次もイケるんじゃないか?
もうおびえながら慎重に進む必要はないんじゃないか?
もっと大胆に攻めたらもっと大きく勝てるんじゃないか?

そんな気持ちになってしまいます。

今回は、徳川右近衛権少将(以下権右少将)家康が羽柴筑前守秀吉に勝利した小牧長久手の戦いから、「勝ちすぎない」ということを学ぼうと思います。




<小牧長久手の戦いまでの流れ>


天正11(1583)年4月、賤ケ岳の戦いにて柴田修理亮勝家を破った羽柴筑前守は、大坂城を築城し本拠をそこに移します。

関連記事:
賤ケ岳の戦いに学ぶ―相手の心に寄りそう

翌天正12(1584)年、羽柴筑前は安土城に拠っていた織田侍従信雄を退去させ、織田侍従は伊勢長島城に移りました。

侍従はこれを不満に思い、反羽柴の動きを始めます。

親羽柴派の三家老を処刑し、父・右府信長の同盟者であった徳川権右少将と同盟を結び、3月、ついに羽柴に対して挙兵しました。


関連記事:
天正伊賀の乱から学ぶ―リーダーがいないと組織はどうなる?


<羽黒の戦い>


徳川権右少将は同月、清須城に入城します。

そのころ、織田方に着くと思われていた右府の重臣・池田恒興入道勝入、その嫡子・紀伊守元助が突如織田方の城である尾張の犬山城を占拠します。

権右少将はこれに対抗し、かつて右府信長が居城とした小牧山城に入り、池田勝入らとにらみ合います。

池田勝入に同心する森武蔵守長可(※)は居城・金山城を出立して犬山城に向かいますが、道中の羽黒で徳川勢の奇襲を受け敗北します。
※森三左衛門可成の次男です。


関連記事:
大河ドラマを楽しむ方法(25)(『麒麟がくる』第32回)


森武蔵はなんとか犬山城に逃げ込み、戦況は膠着状態に陥ります。

そしてようやく総大将・羽柴筑前が到着し、小牧山城と犬山城の間にある楽田に陣を敷き、様子を伺います。

<三河中入り>


4月に入り、羽黒での森武蔵の敗戦を挽回したい池田勝入は羽柴筑前に以下の献策をします。

徳川権右少将は小牧山城に出てきているため、本拠地の三河がガラ空きとなっている。
この隙に隠密裏に三河へ「中入り」し、岡崎城を攻め落とせば羽柴軍の勝利である、

と。

羽柴筑前はこれを許可し、4月7日、池田勝入を筆頭として森武蔵、堀久太郎秀政、筑前守の甥・羽柴孫七郎信吉(のちの関白豊臣秀次)らの部隊が夜中にひっそりと三河を目指し出発しました。

徳川権右少将は7日にはこのことを察知し、翌日、ひそかに軍勢を差し向け池田勝入らを追撃しました。
その夜、自身と織田侍従もひそかに小牧山城を出発して小幡城に入城しました。

9日、池田勝入らは三河・岡崎城への道中にある岩崎城を攻め、落城させました。
※この時、守将・丹羽次郎三郎氏重が討ち死にしています。


関連記事(犬山城、岩崎城、岡崎城の位置関係がわかります):
大河ドラマを楽しむ方法(5)(『麒麟がくる』第9~10回)


そんな中、ついに徳川軍の先鋒が池田軍の最後尾にいた羽柴孫七郎の部隊に取りつき、戦闘が始まります。
(白山林の戦い)

不意を討たれた羽柴孫七郎隊はあっという間に壊滅し、徳川軍は堀久太郎隊と池田・森隊の間に入って分断します。

池田・森隊が徳川軍の急襲を知ったころにはすでに抜き差しならない状況になっており、覚悟を決めた池田勝入、森武蔵らは徳川軍と激突します。

一進一退の攻防を繰り返しますが、ついに池田・森隊は崩れ、池田勝入、同紀伊守、森武蔵らが討ち死にしました。
(長久手の戦い)

この時、羽柴筑前は急ぎ2万の兵で徳川軍を追撃しましたが、本多平八郎忠勝の部隊500人に行く手を阻まれています。

筑前が小幡城を攻撃しようと思った頃にはすでに遅く、徳川権右少将と織田侍従は小牧山城に帰還していました。
※この時、美濃・伊勢でも戦いが行われていますが、分量が多くなってしまうため割愛します。

徳川権右少将はこれ以上羽柴軍を攻めることはせず、戦は再び膠着状態に陥ります。

5月に入ると羽柴筑前は軍を引き上げ大坂城に帰還しました。

これを受けて権右少将も清須城に撤退します。

その後は小競り合いが続きますが、11月になって織田侍従と羽柴筑前は講和し、権右少将も三河に引き上げ、戦争状態が終了します。

権右少将はこの後羽柴筑前に臣従しますが、この時の勝利を背景に豊臣政権内で発言権もつことに成功しています。

<勝ちすぎない>


この戦いでのポイントは長久手で勝利を収めた徳川権右少将が、それ以上羽柴軍を攻めなかったことだと思われます。

長久手では歴戦の勇将だった池田勝入や森武蔵を討ち取っており、徳川軍は歓喜に沸いたのだろうと思います。

そんな時、勝ちに乗じてもっと攻めたくなるのが人情です。

この調子で羽柴筑前の本隊を攻めたら勝てるかもしれない。
羽柴軍が浮足立っている隙に壊滅させられるかもしれない。

しかし、ここで小牧山城を出なかったのが権右少将の賢いところだと思います。

勝ちに乗じている時というのは「勝利の波」があるのも確かです。

連勝することもあるでしょう。

しかし、不注意によるミスを起こしやすい精神状態でもあります。

普段だったら慎重に対処しているはずの歪みに気づかず、足元をすくわれることも少なくありません。

天狗になってしまい、自分の力を過信します。

山岡荘八氏は小説『徳川家康』で関ヶ原に勝利した家康に「勝って兜の緒をしめよ」と言わせていますが、まさにその通りで、勝ち戦に沸いているときほどブレーキをかける必要があります。
※ただ、組織でこれをやると勝ちに沸いているメンバーから反感を食うことになるので非常に難しくはあります。


関連記事(関ヶ原の場面ではありません):
徳川家康の生涯を貫く思想―山岡荘八『徳川家康』第4巻


仕事がうまくいっている時ほどミスに注意する。
特に人の心の動きに注意する。

恋愛がうまくいっている時ほど、恋人の心情を慮る。

新型コロナウイルスの感染者が減り始めた時こそ、自粛や社会的距離を保つこと、そして消毒を徹底し感染に注意する。

大局的に勝つためにはこれが必要です。

勝った時ほど慎重な態度を心がけ、大局的な「真の勝利」を目指しましょう。

ということで、今回は「勝ちすぎてはいけない」ということについて説明させていただきました。

まだまだ説明したいことはたくさんありますが、今回は以上です!
最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・徳川 右近衛権少将(権右少将。通称は次郎三郎) 源 朝臣 家康
・羽柴(木下) 筑前守(通称は藤吉郎) 平(豊臣) 朝臣 秀吉
・柴田 修理亮(通称は権六(郎)) 源 朝臣 勝家
・織田(北畠) 侍従(通称は三介) 平(藤原、忌部、源) 朝臣 信雄(具豊)
・織田 右大臣(右府。総見公。通称は三郎、上総介) 平(藤原、忌部) 朝臣 信長
・池田 紀伊守(通称は勝三郎) 源 朝臣 恒興(入道勝入)
・池田 紀伊守(通称は勝九郎) 源 朝臣 元助
・森 武蔵守(通称は勝三) 源 朝臣 長可
・森 三左衛門 源 可成
・堀 久太郎 源 秀政
・羽柴(三好) 孫七郎 平(豊臣、源) 信吉(秀次)
・本多 平八郎 藤原 忠勝
・丹羽 次郎三郎 源 氏重
☆武家の「通称」の普及を切に願います!

参考
遠江守護 遠州鎧仁會 代表のブログ
武蔵の五遁、あっちへこっちへ
今日は何の日?徒然日記

↓「小牧長久手の戦い」をもっと知りたいと感じたら、下記リンクからぜひ情報収集してみてください!




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Posted by Sosuke Washiya at 20:00│Comments(2)趣味
この記事へのコメント
●勝ちすぎてはいけない。

●普通の人は社会に出ると勉強するのを止めてしまいますが、デキる大人は社会に出てからの方が勉強してる。


この度は、ご縁んを頂き鷲谷様のブログを拝見できとても良かったです。
まだすべてを拝見できずにおりますのでまた勉強させて頂きます。
今後共宜しくお願い致します。
Posted by 遠州鎧仁會 伊藤 at 2021年01月29日 00:00
>伊藤さん

コメントありがとうございます!

こちらこそ、頼山陽の話や岩崎城の詳しい話など、いろいろと勉強させていただきました!

また遊びに行きますので、こちらこそよろしくお願いします。
Posted by 鷲谷 壮介 at 2021年02月02日 22:40
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