2021年08月15日
『青天を衝け』第20回―土方家について

皆さんこんばんは。
今回は令和3年の大河ドラマ『青天を衝け』第20回に関しての楽しみ方を解説したいと思います。
大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない。
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。
まずはあらすじ。
第20回のあらすじ
慶応(けいおう)2年(1866年)7月、大坂(おおさか)城にて将軍家(しょうぐんけ)・徳川右大臣家茂(磯村勇斗)が倒れ、数日後に亡くなるという大事件が起こった。
一橋(ひとつばし)家では、当主・権中納言慶喜(草彅剛)が将軍家を継ぐのでは?とまことしやかな噂が流れていた。
それを耳にした渋沢篤太夫美雄(吉沢亮)は、他の家臣達の制止を振り切って慶喜に建白した。
将軍をやってはいけない。倒れるとわかっている幕府(ばくふ)の将軍をやってどうなるか。将軍をやれば、志士(しし)たちが慶喜の命を狙うに違いない。そんな危ない道を歩んでほしくない。
という内容であった。
篤太夫の必死の建白もむなしく、8月、慶喜は徳川宗家(とくがわ・そうけ)を相続した。
家茂の死後も続いていた長州征討(ちょうしゅう・せいとう)は、九州(きゅうしゅう)・小倉(こくら)での幕府軍の敗退をきっかけにして和睦(わぼく)への道をさぐり始めていた。
12月、ついに慶喜は征夷大将軍(せいいたいしょうぐん)に就任した。
渋沢篤太夫と成一郎英明(高良健吾)は一橋家を離れ、幕臣(ばくしん)となった。
篤太夫は大坂にて陸軍奉行支配調役(りくぐんぶぎょうしはいしらべやく)という役職に就くも、退屈な日々に職を辞そうかと悩んでいた。
そんな時、謀反人(むほんにん)の疑いのある大沢源次郎(成田瑛基)捕縛(ほばく)の任を受け篤太夫は京都(きょうと)に向かう。
大沢(おおさわ)一派の抵抗を受けるものの、新選組副長(しんせんぐみ・ふくちょう)・土方歳三義豊(町田啓太)らの助けにより、無事捕縛の任を終える。
ということで、
第20回「篤太夫、青天の霹靂」の感想
平岡円四郎方中(堤真一)の死、天狗党(てんぐとう)の動乱を経て、渋沢篤太夫的には小休止といった感じでしょうか。
しかし世情は小休止どころではなく、一橋権中納言の征夷大将軍就任により、時代の流れは明治維新(めいじ・いしん)へと向かっていきます。
篤太夫が幕臣になった時の退屈そうな感じは面白かったですね。
現代で言うなら国家公務員とか上場企業のサラリーマンといったところですが、まぁ退屈ですよねw
※あくまでイメージの話ですw
大沢源次郎捕縛の際に土方歳三が登場したことについては「漫画かよ!」と思ってしまいました。
しかし、下記ゆーくんままさんのブログによると、土方歳三か近藤勇昌宜のどちらかが実際に篤太夫の護衛に任に当たったようです。
篤太夫の自伝『雨夜譚(あまよがたり)』では大沢源次郎捕縛時に篤太夫の護衛を務めたのは土方歳三ではなく、近藤勇昌宜とされているようですが、他の記録や状況で判断するとどうやら土方が正解であるようです。
近藤勇の名前に言及している記事を読みたい方は、下記リンクをクリックしてください:
武家や公家の名前について
第20回の楽しみ方―土方家について―
今回は、渋沢篤太夫とともに大沢源次郎捕縛に任に就いた土方歳三義豊の土方(ひじかた)家について調べたいと思います。
土方歳三は、武蔵国多摩郡石田村(むさしのくに・たまぐん・いしだむら。現在の東京都日野市(とうきょうと・ひのし))の豪農(ごうのう)の子として生まれています。
幼いころに両親を亡くしたため兄の嫁に育てられ、家に伝わる薬の行商をしながら訪れた先の剣術道場で試合を重ね、剣の腕を磨いたとされます。
安政(あんせい)6年(1859年)には姉の嫁ぎ先の縁で近藤勇昌宜と知り合い、天然理心流(てんねんりしんりゅう)に入門しています。
その後の文久(ぶんきゅう)3年(1863年)、近藤らとともに浪士組(ろうしぐみ)に志願して京都に赴き、新選組の副長として活躍したことは有名ですね。
その土方家の先祖についての考察をしてみましょう。
まず、歳三は「義豊」の諱(いみな)を名乗っていますし、父も「義諄」の諱を名乗っているので、渋沢(しぶさわ)家や尾高(おだか)家と同様に諱の公称を許された身分であったことがわかります。
関連記事:
『青天を衝け』第1回―渋沢家について
この「諱」を名乗っている豪農については、江戸(えど)時代になって公称が認められたことによって適当に名乗った場合もあるのかもしれません。
しかし、多くは戦国(せんごく)時代のご先祖様が武士で江戸時代に帰農(きのう)した家であるという印象があります。
で、歳三の土方家について調べてみたところ上記の例に漏れず、どうやら戦国時代は後北条家(ご・ほうじょう・け)の家臣であったようです。
多摩郡、特に日野を中心に活躍した「三沢十騎衆(みさわじゅっきしゅう)」という一団の内に土方家があり、歳三はその末裔(まつえい)であるとのことです。
出典:
講演会『子孫が語る新選組ヒーローの秘話』に参加してきた
北条左京大夫氏康は河越(かわごえ)城の戦いの後に武蔵国多摩郡の重要拠点である滝山(たきやま)城を支配下においていますが、どうやら三沢十騎衆はその頃に北条家臣となったようです。
※上記記事では北条早雲とされていますが、実際に滝山城を服属させたのは孫の左京大夫氏康です。
関連記事:
河越城の戦いから学ぶ―基準を満たすまで手綱を緩めてはいけない
関連記事:
各合戦の動員人数について(5)川越城の合戦
その他の北条家関連の記事:
第二次国府台合戦に学ぶ―小さな勝ちに酔わない
十騎衆はおそらく北条家滅亡後は徳川(とくがわ)家臣となるか帰農したか、という道を辿ったのだと思いますが、土方家は帰農という道を選んだ家だったのでしょう。
北条家の滅亡についての記事:
小田原征伐に学ぶ―相手に口実を与えない
ただし、現在調べた範囲では「三沢十騎衆」以前の系譜や徳川時代以降の系譜までは辿れなかったので、その辺りはまたの機会に譲りたいと思います。
※織田右府の子・常真信雄の家臣で、のち下総田古藩主となった土方河内守雄久の家とのつながりも不明でした。
こんな感じで、ドラマの背景にある知識が分かるとドラマをもっと楽しめます!
最後まで読んでいただきありがとうございました!
以下もご覧ください!
※トップ画像はイメージです。
○今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・征夷大将軍(将軍家) 徳川 右大臣(通称不明) 源 朝臣 家茂(慶福)
せいいたいしょうぐん(しょうぐんけ) とくがわ うだいじん(通称不明) みなもと の あそん いえもち(よしとみ)
・(一橋)徳川(松平) 権中納言(幼名は七郎麻呂) 源 朝臣 慶喜(昭到)
(ひとつばし)とくがわ(まつだいら) ごんのちゅうなごん(幼名はしちろうまろ) みなもと の あそんよしのぶ(あきむね)
・渋沢 篤太夫(栄一、栄二郎、栄一郎) 源 美雄
しぶさわ とくだゆう(えいいち、えいじろう、えいいちろう) みなもと の よしお
・渋沢 成一郎(喜作) 源 英明
しぶさわ せいいちろう(きさく) みなもと の ひであき
・大沢 源二郎 藤原? (諱不明)
おおさわ げんじろう ふじわら? の (諱不明)
・土方 歳三 (氏不明) 義豊
ひじかた としぞう (氏不明) よしとよ
・平岡(岡本) 近江守(通称は円四郎) 源?(清原?) 方中
ひらおか(おかもと) おうみのかみ(通称はえんしろう) みなもと?(きよはら?) の けたち
・近藤 勇 (氏不明) 昌宜
こんどう いさみ (氏不明) まさよし
・土方 隼人 (氏不明) 義諄
ひじかた はやと (氏不明) よしあつ
・北条 左京大夫(通称は新九郎) 平 朝臣 氏康
ほうじょう さきょうのだいぶ(通称はしんくろう) たいら の あそん うじやす
・伊勢 左京大夫?(通称は新九郎) 平 朝臣? 盛時(長氏、入道早雲庵宗瑞。いわゆる北条早雲)
いせ さきょうのだいぶ?(通称はしんくろう) たいら の あそん? もりとき(ながうじ、入道そううんあんそうずい。いわゆるほうじょうそううん)
・織田(北畠) 内大臣(通称は三介) 平(藤原、忌部、源) 朝臣 信雄(具豊、信意。法名:常真)
おだ(きたばたけ) ないだいじん(通称はさんすけ) たいら(ふじわら、いんべ、みなもと) の あそん のぶかつ(ともとよ、のぶおき。法名:じょうしん)
・土方 河内守(通称は勘兵衛、彦三郎) 源 朝臣 雄久(雄良)
ひじかた かわちのかみ(通称はかんべえ、ひこさぶろう) みなもと の あそん かつひさ(かつよし)
☆武家の「通称」の普及を切に願います!
参考
ゆーくんはどこ?
大河ドラマ応援ブログ
日本歴史時代作家協会 公式ブログ
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Posted by 鷲谷 城州 at 20:00│Comments(0)
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