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2020年07月15日

江古田原沼袋の戦いから学ぶ―できないことをできるようにする方法

石神井城


皆さんこんばんは。
今回は「ビジネスに活かす戦国合戦術」第22弾として、過去に書いた「江古田沼袋原合戦」について、ビジネス的視点で見直したいと思います。

第1回 今山の合戦    第2回 耳川の合戦
第3回 沖田畷の合戦   第4回 小豆坂の合戦
第5回 長良川の合戦   第6回 桶狭間の合戦
第7回 稲葉山城の合戦  第8回 金ヶ崎城の合戦
第9回 姉川の合戦    第10回 二俣城の合戦
第11回 一言坂の合戦  第12回 三方ヶ原の合戦
第13回 野田城の合戦  第14回 叡山焼き討ち
第15回 一乗谷城の合戦 第16回 小谷城の合戦
第17回 第一次高天神城の合戦
第18回 長篠の合戦
第19回 第二次高天神城の合戦
第20回 岩村城の合戦 第21回 高遠城の合戦

日ごろ、仕事をしていてできないことって多いと思うんです。

無駄な仕事の効率化ですとか、新しい商品のアイディアを思いついた時ですとか、資格の勉強をしたいのにできないですとか。

そういった「できないことをできるようにする」ヒントをこの合戦から読み取ることができますので、その辺で悩んでる方はぜひご覧ください!



<一大勢力だった豊島氏>


豊島氏は桓武平氏である秩父氏の一族で関東では三浦氏、千葉氏などと並ぶ大族でした。

武蔵国豊島郡(現在の23区北部)を本拠地とした一族です。

源平合戦では蒲冠者源範頼に従って九州で武功を挙げ、紀伊や土佐の守護に任じられたこともあります。

鎌倉倒幕時には、一族の中に幕府側に味方した勢力もいたようですが、倒幕に参加した一族が生き残ります。

また、南北朝期にも多くは北朝方に味方し、隆盛を極めます。

しかし15世紀半ばごろに転機が訪れます。

関東管領上杉氏の一族である扇谷上杉家の家宰(ナンバーツー)であった太田氏が江戸城を築城したのです。

太田氏は、豊島氏の勢力圏に近い南武蔵に勢力をもつようになりました。

<太田氏との対立>


この頃、関東の取りまとめ的立場にあった上杉家の内、山内上杉家(※1)という家の家臣に長尾孫四郎景春(※2)という人物がいました。
※1 のちに上杉謙信が山内上杉家の当主となります。
※2 上杉謙信の実家・長尾家の一族です。


彼は、主家である上杉家に反乱を起こしたのですが、それがこの戦いの遠い引き金となります。

当時の豊島家の当主・勘解由左衛門尉泰経(かげゆさえもんのじょう やすつね)と、弟の平右衛門尉泰明(へいうえもんのじょう やすあき)は長尾四郎左衛門に味方しました。

文明9(1477)年、豊島兄弟は敵対勢力である扇谷上杉家の家宰・太田道灌の力を弱めるべく石神井城(東京都練馬区)、平塚城(東京都北区)でそれぞれ挙兵。

道灌の拠る江戸城と、扇谷上杉家当主・修理大夫定正の拠点である河越城・岩槻城との連絡を断ちました。

↓江戸城・河越城・岩槻城の分断
※クリックで拡大されます。
江古田原沼袋の戦い(広域図)


太田道灌はそれを打破すべく平塚城を攻めますが、攻めあぐね、撤退。

練馬城にいた豊島勘解由が道灌を追撃しようとしますが、道灌は逆に江古田原・沼袋で勘解由を迎え撃ち、撃破します。
※合戦の動員人数についてはこちら→「各合戦の動員人数について(1)江古田原沼袋合戦

勘解由は石神井城に撤退しますが、道灌はこれを追撃します。

妙正寺川沿いに西上し、妙正寺池を越えて井草川沿いをさらに西に向かい、途中で北に進路を切り替えます。

現在は都立井草高校となっている辺りに陣を張り、北の石神井城を囲みます。

いったん和議を結ぶも、和平へ向けての勘解由の動きが悪かったことから道灌は石神井城を攻撃し、落城。

勘解由は平塚城へ逃亡します。

道灌はさらに平塚城もせめて、勘解由、平右衛門兄弟は小机城へと逃げていきます。

↓道灌(青系矢印)・勘解由(赤系矢印)の進路
※クリックで拡大されます。
江古田原沼袋の戦い(狭域図)


<できないことをできるようにする方法>


各合戦の動員人数について(1)江古田原沼袋合戦」の記事では勝因について軽く触れている程度ですが、道灌は「足軽軍法」を使ったことで勝ったと言われています。

よく言われることですが、古来、武士の戦い方は一騎打ちが基本でした。

九郎判官源義経や河内判官楠木正成らが一騎打ちを無視して大勝したという話もありますが、その後もしばらくメインの戦い方は一騎打ちだったようです。

それに対して太田道灌は「足軽」と呼ばれる雑兵(多くはお百姓さんだったと言われています)を戦力として使い、数の力で勝ったようです。

今でこそ「足軽」のような雑兵、歩兵を使う戦法は普通ですが、当時は常識外れだったようです。

まず、この「常識外れ」を想像してみてください。

できますか?

現代でも、この「常識外れ」をやって成功した例はたくさんあると思います。
※ちょっと古いですが、薬局の「マツモトキヨシ」ですとか、ペイペイとか、枚挙にいとまはないと思います。

そういった「常識外れ」をやった人たちがどういう思考だったかということが大事だと思うんですよ。

上司に何かを言われたとき、部下から何かを提案されたとき第一声で「できない」って言ってませんか?

「時間があればな~」とか「人手があればな~」

とか言ってませんか?

やりたいこと、必要なことをやれていない人というのは、踏み出すことが怖かったり、やり方を変えるのが嫌だ、というだけであることが多いです。

感情的な要因をごまかすために「時間」とか「労力」とかを言い訳にする傾向があります。
※「お金」については、ないものはしょうがないです。ですが、ある場合はこれも「出費する」覚悟が必要です。


変化を受け入れてよくなっていくことよりも、問題を解決しないで放置する方が優先順位が高いんです。

そういうときは、

・「目的」をもう一度見直すこと

が大事です。

その目的を達成したいんですよね?
良くなりたいんですよね?

そして、その目的とコンプライアンス以外のものは、

・一度すべて捨ててしまう

覚悟が大事です。

時間なんていつもないんですよ。
人手なんていつも足りないんですよ。

太田道灌などのパイオニアたちはおそらく、「あの人はまっとうな人だ」という評判を捨てています。

「百姓を兵隊に使うなんて、何を考えてるんだあの人は」という陰口を言われる覚悟をしています。

一時の「やりたくない」「やり方を変えたくない」という感情に従って、成功しますか?目標が達成されますか?
(感情に従って成功するならそうしてください)

他にやりたかったことや「めんどくさそう」などの感情は一度すべて捨ててください。
※必要であればあとで拾えばいいんです。本当に必要ならば拾うことができるはずです。

何かを達成することが第一目的であった場合、それを阻害するものはすべて要らないんですよ。

だけど、人は環境を変えるのが怖いんです。いやなんです。めんどくさいんです。

それが悪いものであったとしても、「捨てる」ことができないんです。

しかし、多くのことはやってみれば案外めんどくさくないものです。

振り返ってみれば、感情的に抵抗した自分の感覚が信じられなくなります。

目標を達成したいのか、したくないのか。
目標を達成したいのなら、障害になるものはすべて捨てましょう!

まだまだ説明したいことはたくさんありますが、今回は以上です!
最後まで読んでいただきありがとうございました!

以下もご覧ください!

※トップ画像はイメージです。

今回登場した人物のフルネーム(参考:「武家や公家の名前について」)
・三河守(通称は蒲冠者など) 源 朝臣 範頼
・長尾 孫四郎 平 景春
・上杉(長尾) 弾正少弼(字は平三) 藤原(平) 朝臣 輝虎(景虎、政虎。入道謙信)
・豊島 勘解由左衛門尉(字不明) 平 朝臣 泰経?
・豊島 平右衛門尉(官職不明) 平 泰明?
・太田 備中守(左衛門少尉、左衛門大夫。字は不明) 源 朝臣 資長(持資。入道道灌)
・(扇谷)上杉 修理大夫(通称不明) 藤原 朝臣 定正
☆武家の「通称」の普及を切に願います!


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参考
カフェ「道みち」
つわものどもが夢の跡
風なうらみそ~小田原北条見聞録


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Posted by Sosuke Washiya at 20:00│Comments(0)趣味
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