2020年06月17日
『麒麟がくる』第17~18回―斎藤家の血族関係と永禄元年までの織田家
《令和5年8月15日更新》
皆さんこんばんは。
今回は今年の大河ドラマ『麒麟(きりん)がくる』第17~18回)に関しての楽しみ方を解説したいと思います。
大河ドラマを見てみたけれど、歴史もよくわからないし、どう楽しんでいいのかわからない。
歴史には興味あるけど、自分では積極的に勉強する気になれない、という方必見です!
※記事下部に武家や公家の人物名の読み仮名を載せています。
まずはあらすじ。
第17~18回のあらすじ
斎藤道三(本木雅弘)は大桑(おおが)城を出て、鶴山(つるやま)に布陣(ふじん)した。
それを受けて、長男・新九郎高政(伊藤英明)は長良川(ながらがわ)の対岸に布陣した。
明智十兵衛光秀(長谷川博己)は道三に味方すべく出陣した叔父・兵庫頭光安(西村まさ彦)を追い、道三の陣に向かった。
長良川では新九郎高政が圧倒的な勝利を収め、道三は新九郎高政に一騎打ちを挑み、敗れた。
十兵衛が明智(あけち)城に戻ると、叔父・兵庫頭光安が明智荘(あけちのしょう)を出ろという。
新九郎高政が明智城に軍勢を差し向けたため、戦えば負ける。
落城する前に母・牧(まき)(石川さゆり)や妻・煕子(ひろこ)(木村文乃)、兵庫頭光安の子である左馬助(間宮祥太朗)を連れて出て、明智の血脈を保ってほしいという。
兵庫頭光安より明智家の家督(かとく)を譲りうけ、十兵衛一行は明智荘を出て越前(えちぜん)へ向かった。
越前に到着した十兵衛一行は、伊呂波太夫(いろはだゆう)(尾野真千子)の計らいで守護(しゅご)・朝倉左衛門督義景(ユースケ・サンタマリア)に謁見(えっけん)した。
左衛門督義景に屋敷を与えられ、十兵衛は左馬助とともに近所の子供たちに論語(ろんご)を教えて生計を立てるのであった。
そうこうしているうちに2年の月日が経った永禄(えいろく)元年(1558年)、尾張(おわり)で事件は起こった。
たびたび兄・織田上総介信長(染谷将太)に反旗(はんき)を翻していた織田武蔵守信勝〔信成〕(木村了)は戦で上総介に敗退し、上総介に恭順(きょうじゅん)したかに思えた。
しかし再び反旗を翻した。
信勝の家臣であった柴田権六勝家(安藤政信)の密告によりそのことを知った上総介は信勝を呼び出し、毒殺するのであった。
ということで、
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